KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

嫌よ嫌よも好きのうち

仕事を終えてジムに向かう。

この夜は、インドの名作『Ek Tha Tiger』のダンスシーンをYouTubeで流しながら走った。

 

手練ダンサーのダイナミックな躍動に動き合わせるかのように走って爽快。

山場に至っては爽快通り越し恍惚。

そりゃ誰だって仕事後こぞって走るわけである。

 

この心地良さは、日中の業務があってこそ。

それをやり抜いたから得られる解放感だと言えるだろう。

 

持ちつ持たれつ、負荷と発散が互い寄せて返して綾なして日常が彩られていく。

 

片方だけでは用を成さない。

強弱あってこその強弱、長短あってこその長短、苦楽あってこその苦楽。

同語反復的にしか語り得ない構造がそこに内蔵されている。

 

好き嫌いについても同じようなことだろう。

好きも嫌いもあいまって、だから好きも嫌いも存在するということになる。

 

背反するような感情が、実は地続きで繋がっている。

嫌いをたどって好きが生じ、好きがいつのまにやら嫌いに転じる。

 

立ち位置変われば、視点も変わって評価も変わる。

 

例えば、その昔。

習い始めた当初は忌み嫌ったラグビーも、その時点では嫌いであっても、振り返って見れば、少年時代のうち最も光り輝く時間であって誇らしく、好きと断言できるようなものではないだろうか。

 

つまり、その時その瞬間の感覚だけで物事を決めつけるのは近視眼に過ぎるという見解も成り立つということである。

 

俯瞰すれば、好き嫌いの濃淡は変わり、いまは嫌だと思えることも、いつの日にか愛おしい。

なんであれ、そうかもしれないといったん考えてみることも無駄ではないだろう。

 

そんなことを思いつつ、わたしは日中のハードな業務を抱きしめるような思いでトレッドミルのうえを忘我ひた走ったのであった。

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Ek Tha Tiger