KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

まだ目にしてないのに瞼に浮かぶ

その昔まったく赤の他人であった。

それなのにいま共通する話題が一番多く一緒にいて気を使うことがない。

 

だから一日を終え一杯飲むなら相手は家内ということになる。

 

この日も各自用事を終えてテーブルで合流。

家内が作ったタンドリーチキンを酒のつまみに互い一日を振り返った。

 

もっぱら話題は子の話。

その昔まったく赤の他人であったのだから二人の間に子があるということ自体が不思議な話である。

 

不思議さが底流にあるから話は尽きない。

そんな不思議が二人揃って見る間に育ってあれやこれやエピソードにこと欠かない。

 

夫婦それぞれ息子にまつわるトップニュースを持ち寄って情報を共有する。

ニュースあるかぎり夫婦の食卓がこの先も寂れることはないだろう。

 

兄弟なのになぜこうも異なるのか。

昨夜はそんな話がラリーのように食卓を行き来した。

 

遠目に見れば面影似ていて一瞬区別つき難いこともある。

だから兄弟であることは間違いない。

 

が、やることなすことことごとく異なり性格も違う。

 

いまは学校時代でいわば規定演技の真っ最中と言え学校にまつわる話題がもっぱらを占める。

互いそれなり存在感あって友人も多く親としてひとまず安心ではあるがもしこの兄弟が同じクラスであったなら果たして友人になっただろうか疑問を覚える。

 

兄と弟という縦の差があってこそ秩序が保たれている。

横並びであった場合はどう着地するのか見当つかない。

 

食卓にて夫婦で話すうち、いつのまにか月日過ぎ子らは世に出て規定演技を脱し自由演技を披露する時代に突入することだろう。

 

そうなっても、今のように楽しい話題が多ければこんな嬉しいことはない。

 

長男率いる西軍の出し物、二男率いる東軍の出し物に交互に目をやり、それを眼前にしているかのように夫婦揃って食卓で目を細める。

 

東軍と西軍の光り輝く躍動が、まだ目にしてはいないのに残像のように瞼に浮かぶ。

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Arthur Leipzig, Association Football, US 1943.