KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

背にするのは羽か地蔵か

家事もしないし育児もしない。

皆無ではないがのべにしても片手で余る。

 

今日は仕事が休みで珍しくわたしは家にいる。

だからと言って、洗濯してとも洗いものしてとも掃除してともゴミを出してとも言われない。

 

もちろん家族の一員であるから居合わせれば何がしか手伝うこともあるがその程度では家事のうちには入らない。

 

全部、家内がやってくれる。

 

そういうあり方がベスト、と主張する気はさらさらない。

 

家事も育児も負担を応分にシェアするのが当世流であり、妻をいたわって、ひと肌脱ぐのが男子の道、相手のために何かしてあげられることができればそれ自体喜びとなる。

 

だから全部を押しつけて知らぬ顔するなど極悪に過ぎる話だとわたしでも分かる。

 

しかし例えば伝え聞くように、激務終えて帰宅した夜、洗濯を強いられたり洗いものが残されていたらどうだろうか。

 

平日はあたしが子をみている、だから土日はあんたがみてと子を夫に託しいそいそ女房がどこかへ遊びに行ってしまう、それが毎週続けばどうだろうか。

 

女房は勤めに出ている訳ではなく専業主婦として家でテレビをみて時折屁をこき過ごしている。

それに平日に子どもの世話をしているのは託児所だ。

 

そんな話を耳にするたびちょっと驚き、その協力体制のアンフェアさに同情の念を禁じ得ない。

 

息子らに伝えておかねばならないが、あたりどころ悪ければ地獄。

良い伴侶に当たらないと悲惨ということであるようだ。

 

帰宅し休めず土日も気を緩めることができない。

その男子の選手寿命はいたって短く、能力の仕込みする余力もないだろうから将来に渡って尻すぼみとなりかねない。

 

リキある男子が昇り龍のように見せる第二、第三の成長カーブなど夢のまた夢。

いつか穴空いた風船みたいに螺旋描いて急降下するのがオチだろう。

 

夫婦は一連托生。

ぶらぶらぷりぷり屁をこいてテレビ見て過ごした女房の日常が夫の未来を損ない、それが家庭の限界を既定したのだと知るのは、もはや互いにパワー失った人生の黄昏の頃のことであろう。

 

実は陰で研鑽に励んでその成果でひと花咲かせるような妻であれば異なる展開もあり得るかもしれないが、おんぶに抱っこのぐうたら気質でしかない場合、背にする地蔵の重みは増すばかりとなる。

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Gaston Paris, Tandem tirant une petite remorque pour transporter son chien 1930s.