KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

記憶が深く鮮明になる季節

日毎の気温差が大きいからだろうか、忙しいからだろうか、睡眠不足か、はたまた、ジムに精を出しすぎているからか。

 

午前の仕事を終えてまだ昼なのにカラダが重くうっすら漂う微かな頭痛を自覚した。

 

疲労は放置するとろくなことにならない。

その場で処置が必要だ。

 

昼の60分をマッサージに充てることにした。

 

施術者の鉄腕に身を任せ忘我。

思考はゼロとなり、心のスクリーンには旅先の風景が数々映し出されては消えていった。

 

すべての旅の思い出がわたしという薄皮一枚に内包されている。

そしてそれら肌で感じる風景が癒やしの効果を更に高めてくれる。

 

旅行が一番。

あらためてそう実感する時間となった。

 

家を出て旅先に向かう。

そのときの空気はいつもと異なりざわめいて、現地に着けばそこで吸い込む空気が心気を一瞬にして一新させる。

 

夢のような60分は瞬く間に過ぎ、わたしは見慣れた景色のもとへ帰還する。

カラダねじ込むようにして日常の現場に復帰したのであるが、願いは一つ。

また旅に出たい。

 

秋から冬。

記憶が最も深く鮮明になる季節、近場であってもすべての景色が趣き深い。

 

さあ、どこにでかけよう。

思い描く旅先を胸に秘め、日常をくぐり抜けることになる。

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Eugène Jansson, I skymningen 1902.