KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

約三万日の強化合宿

週末が訪れ、隊列を保っての行進も一時休止。

 

繁華街の歩行者天国さながら。

思い思いにそぞろ歩くような気軽さであるから、休日は楽だ。

 

秩序の維持はそれだけで骨折り。

仕事という標的がなければ流れのまま無秩序に任せ、何かに抗う必要もなくゆるんでほぐれて、とろけて過ごせる。

 

そして、休みの時間は瞬く間に過ぎ平日の朝が訪れる。

 

崩れた隊列を再び整えなければならない。

反自然とも言える行為であるから屁の河童というわけにはいかない。

 

特に、プレッシャーかかる面談の約束が午後一番に入っている日には、去っていった休日の面影思って涙さえこぼれる。

 

が、一家の主。

泣いている場合ではない。

 

ゆっくり呼吸し、それらしく隊列を組み足並みを揃えていく。

 

一糸乱れぬ行進など高望みに過ぎ足絡まるのがオチ。

前に進めば御の字と自らに言い聞かせる。

 

カメの歩みであっても前に進めば案外引き離されることはない。

経験則でそう知っている。

 

徐々にカラダはあたたまりリズム出てきて、秩序が生成される。

 

午後1時前、客先に向かって足取り軽く、気分は高揚し始めている。

 

さあ、どうなるのだろう。

この先の展開は未知。

そう思えば、なんだか楽しい。

 

わたしという隊列が、そこで別の隊列と交差し、わいわいがやがや有意義な時間を過ごすことになる。

 

客先を出て、隊列の足取りも小休止。

 

湾岸からの風が川を通路に吹き寄せて、さっぱりとした空気の匂いもあいまって心地いい。

日差しは強いが、疑いようもなく秋である。

 

無秩序から秩序。

そしてまた無秩序。

 

その繰り返しが、ことの本質なのだろう。

負荷と休息をセットにして筋肉が強くなるように、わたしたちもまた強靭になっていく。

 

眠くても起きる、そしてまた眠る。

たとえば、そのように相反する流れを往還するからこそ、その潮目で思考が促進されて強くなる。

 

寝覚めのとき週休7日を夢見ることもあるが、それだと無。

多様な有をも味わえるよう各種行程がこの観光コースには組み込まれているのだろう。

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Robert Doisneau, Jardin du Luxembourg 1951.