KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

一心になれる場所

この夜、家内もジム帰りであった。

帰りの道中、いい魚が手に入ったという。

上機嫌に話しながらキッチンで食事の支度に勤しんでいる。

 

夜9時前の食卓。

まずはわたしが最初のお客となった。

 

一品目。

ちょいと火で炙ったわら焼き風のカツオに、スライスされたニンニクが添えられる。

風味よく、焼酎のお湯割にドンピシャ合う。

 

焼いたサザエに鯛の焼き身と海鮮ものが続く。

 

箸休めは、酢で和えた切り干し大根。

メインは納豆。

ゴマと卵の黄身が納豆の味を格段に高める。

 

少し物足りなさそうにしていたからか、明日の弁当にする手羽先を家内が1つ恵んでくれた。

 

仕上げはハマグリのスープ。

そしてデザートはサラダ。

 

続いて食卓についたのが風呂上がりの長男。

 

わたしと異なり、メインは納豆でなくサザエご飯。

マグロの刺身があるから子の方が一品多く、リンゴとイチゴがデザートなので彩りも豊か。

 

息子が言った。

ごはん、お代わり。

 

家内の顔がほころんだ。

今日も金ぼし。

家内からすれば勝利の瞬間と言えた。

 

まもなく二男が帰ってきた。

わたしは風呂をきれいに洗って沸かし直す。

 

疲れたであろうし、外は冷えている。

息子をきれいなお湯でゆっくりくつろがせてあげたい。

親心である。

 

今夜、キッチン家内が迎える最後の客人は二男となった。

 

長男同様、出される一品一品をひとつ残らず二男も平らげていく。

その様子を眺めながら料理を温め直す家内がとても楽しそうに見える。

 

人それぞれフィールドは異なるだろうが、一心になれる場がありそこに喜びを見いだせることは最上の幸せと呼べるだろう。

 

キッチンが彼女にとって生活の実質であり晴れの舞台。

そこが家内の居場所なのだと明瞭に理解できた一夜となった。

f:id:KORANIKATARUTOKIDOKI:20171207070849p:plain

Willy Ronis, Rue Rambuteau, Paris, 1946.