KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

可愛く見えてしっかり者

美々卯のうどんすきセットが届いてこれ幸い。

子らは引き続き試験中。

冷え込む朝にちょうどいい。

 

今朝はうどんすきを食べさせる。

そう張り切っていた家内であったが、一足違い。

 

目を覚ますとすでに家はもぬけの殻。

とうの昔、息子たちは学校に出かけてしまっていたのだった。

 

試験中は日常との間に時差が生じる。

翌日に控える科目によって、夜型になったり朝型になったりと目まぐるしい。

 

二人のストライカーがてんでバラバラ動くのであるから、いくら家内が張り切ったところでマークしきれるものではない。

 

上の息子は考査が終わっても当分しばらくファイティングポーズを取り続けなければならない。

一方、下の息子は、心安らぐ年末年始の時間を堪能できる。

試験が終わると同時、友だち6,7人がうちに泊まりにくるという。

 

子に親しい友人のあることほど親として嬉しいことはない。

中学受験を経て何とか無事入る学校が見つかり、そこで友だちにも恵まれた。

 

その友だちらが可愛く見えて結構なしっかり者たち。

背景もまた質実。

幼稚でちゃらちゃらしたような親などおらず、確かなものがしっかと受け継がれていると分かるので二重で安心。

 

友だち自体が文化の出島。

陸路やら海路やらを経て個々にもたらされた分厚い暗黙知のようなものがそこで融合し、互い吸収し合うことになる。

 

だから、子の男っぷりをあげるには友だちに身柄を引き渡した方が話が早く、相乗効果で成長が加速していき熟せば熟すほどいい味出す男子になっていく。

 

もちろん、そんな仲間と渡り合う均衡のなかにいるには精進が必要で努力が欠かせないが、それこそ意義深い話だろう。

交流を通じ、貴重な地下資源とも言うべきリキのようなものが蓄積されることになる。

 

あるのとないのとでは大違い。

奪われることのない汲めども尽きぬ地下資源であるから、固有の富そのものと言い換えても大げさではないだろう。

 

世はますます世知辛く、競争は過剰さを増し、ちょっとしくじれば四方八方から非難轟々という油断も隙もない総攻撃社会といった様相を呈している。

 

状況によっては気力萎えるような場面もあるかもしれない。

そんなとき頼りになるのは、いま横で一緒に過ごす友だち達だろう。

 

親の力は知れていて、子が直面する問題については永遠に的外れなまま、そのうち先立つ。

だから親は、子に友だちがいることを心から感謝したいような気持ちになるのである。

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Willy Ronis, Vincent sur la route des vacances, 1946.