KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

すべてが消え去るにしても

向こう岸まであと僅か。

仕事納めが間近に迫る火曜夜、43号線は大渋滞であった。

 

遅々と進む車列のなか、前夜の賑わいがよみがえる。

 

食後の時間。

各自のリクエストに応え、息子がiPhoneからオーディオに次々曲を送る。

だんだん盛り上がり、あの曲がいい、この曲がいいと名曲を巡るちょっとした時間旅行となった。

わたしたちが高校生の頃からいまの高校生の流行りの曲まで、各自のエピソードを交えながらUKから韓流まで渡り歩いて歌って踊った。

 

この賑わいについては子らに語る時々日記で触れられ、先々、そんなこともあったと振り返られることになるだろう。

 

そして、ふと思う。

先々のもっと先の先。

これを書く本人はおらず、登場人物も役目を終えもはや誰もいなくなった遠い遠い先のこと。

 

この賑わいは時間のなかの藻屑として消え去っていくことになるのだろう。

「賑わった家族」の一場面を含め「在った」すべてのことは時間の流れのなか薄まって薄まってやがては無に帰すことになる。

 

日記を書くからだろう。

視点が時間の向こうとこっちを行ったり来たりし、時間というものについて余計なことを考えることになる。

 

過去の時間はこれでもかというほどに圧縮されて語るにしても数行程度のコンパクトさに収まってしまう分量であり、ついには墓碑になる。

「いまここ」は気づいたときにはすでに決せられ介在できそうに思えてその実、手も足も出ない。

遠い先のことについては、死ぬことだけがわかっていて、その死についても何が何だか分からない。

 

結局は、ちょっと目先の時間幅にだけリアリティがあって、ほぼそこにだけ意識の焦点が当たって生きているというのが真相だろう。

 

現世と我々が捉えるフィールドは案外狭くて小さい。

だから、国あげて巨大債務を遠い未来に先送りしても胸は痛まず、過去についても同様で人の本質について忘却し、同じ過ちを何度でも繰り返すということになる。

 

町内会のボランティアがあるので食事の支度が少しが遅くなる。
そう家内からメールが入る。
火の用心、火の用心と近所の人と街練り歩く家内の様子が目に浮かぶ。

 

渋滞がほどよい時間調整の弁になる。

 

この賑わいは一体誰のおかげだろう。

そんな視点が続いて生まれた。

 

昨晩の賑わいは遠い先々消え去るにしても、未来にはまた別の賑わいがあちこちで生まれるはずである。

 

遠くがよく見えないド近眼であっても、未来の誰かの賑わいについてわしゃ知らんとしらを切るのは身勝手に過ぎるという話ではないだろうか。

 

短い時間幅のバトンリレーを全うする。

少しでもいい形でバトンを次に渡す。

それが人情、人の道というものなのだろう。

 

せめてそれくらいの良心がなければご先祖さまに申し訳が立たない、在りし日の祖父母の姿が頭に浮かぶ頃、渋滞が緩みはじめ車列に淀みない流れが戻ってきた。

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John Bulmer, The Black Country, England 1960.