KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

女房あったればこそ

月末金曜の夕刻、阿倍野の田中内科クリニックに立ち寄った。

尿酸値は6.7。

田中内科クリニックに通って以来尿酸値はみるみる降下し、上限値である7.0を下回って久しい。

 

恒例のニンニク注射を受ける。

全身に清涼感が広がっていく。

干からびた身体各所が潤いを取り戻していくかのようであって、肌はキラリと光沢帯びて目も光る。

 

田中内科クリニックを後にし、目と鼻の先にある別のクリニックを訪れる。

半時間ほどで業務が終わり、これにて終業。

 

さて、どうするか。

頭ではあれこれ思案するが、足は先に結論出したようでひとりで動き、わたしは正宗屋へと運ばれた。

 

お酒は百薬の長。

たまには飲まないと身体に悪い。

 

相席となる。

前に座るおじさんに目をくれることなく、わたしはGooglePhotoに見入って過ごした。

飯蛸煮をつまみにキリンビールを喉に流し込み、写真をスクロールしていく。

 

先日の大阪星光の中学卒業式、保護者代表として家内は壇上に上がって何か書面を読み上げたようだ。

このように子らの節目に必ずなにがしか家内の出番がある。

 

やはりわたしは家内に感謝すべきなのだろう。

 

家庭を任せっきりにし顧みず、わたしは気兼ねなく思う存分仕事に没頭することができた。

女房あったればこそ、という話である。

 

現在地点の写真から早回しで、はるか昔、子らが幼稚園の頃までさかのぼっていく。

それら写真群は、子らの裏方としてしっかり役目を務め上げた家内の歴史そのものと言えた。

 

頭が下がる。

家族の笑顔のため自らのことは後回しにするタイプなのだと写真が如実に物語っている。

 

もし家内が自身の笑顔を優先させるエゴの持ち主であったら、要がお留守の家となり、子らの成長はおぼつかなく頼りなく、内に力を蓄えるような男子へと育つことはなかっただろう。

 

そしてもし家内が自らの余暇や娯楽のため家事や子育ての手を抜きそこにわたしを担ぎ出すといった人使いの女性であれば、わたしの集中は削がれ、足元はいまだ定まらず中途半端、先行き不透明な消耗戦の様相呈する人生未来図になっていたことだろう。

 

幸い、その逆であり、明日に向かっていざ行かんとの気概の男子が暮らす家庭が出来上がった。

 

家事育児だけではなく、仕事が忙しいときには猫の手役も果たしてくれる。

普通の女性なら物怖じするような業務であっても、機転が利いて度胸もあるから、抜群の安定感の仕事ぶりを発揮する。

 

やはりわたしは家内に感謝すべきなのだろう。

久々飲んだお酒によって、そんな念が湧いて出たので、忘れぬうち書いておくことにした。

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2018年3月28日午後1:00 明石公園