KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

最大手の塾

子らを西宮北口の塾に通わせている。他の塾と比較して、厳しい指導システムが確立されていること、そして信頼に足る結果が継続的に出ていることを選択の決め手とした。かっこばかりの見掛け倒しの塾や、真似事ばかりの二番煎じの塾、面倒見や指導力といったバラつきの大きいことを売りにする塾(※この見方については1年半後に大きな転換を余儀なくされたので後記した)に比べ、無駄なことに金を使わず、大体誰が教えても同様の結果が出るというあり方に照準を合わせている点が最も好ましく思えた。

しかし、そこが塾として万能だと考えているわけではない。子供によっては、そんなところに放り込まれるより親身に寄り添い個々隈無く面倒見てくれるような指導でないとダメな子もいるだろうし、のびのびと子供主体のペースで指導してもらえるような塾が合う子もいるだろう。

あえて我が家は、授業の消化は子供の主体性に係っており、毎回テストが行われ順位がはっきりと出て、結果に基づき厳格なクラス編成が猫の目為される場を選んだ。

ぼやぼやしているとたちまちおいていかれる。凄い奴らがゴロゴロといる。
そんな環境に放り込んでこそ、「自分の力で何とかする、自分の力で勉強する」という自律心が啓発され得るのだと考えた。
はじめのうちは手助けも必要とするだろうし、紆余曲折と試行錯誤を経るだろう。
しかし、遠からずその境地に到達するに違いない。到達しないのであれば、頭使って将来食っていくなんてハナからできないというだけの話である。
子供にとって最も大切な素養を育成する上で、その塾は非常に有用な「サーキットコース」と代々伝わる「秘伝のスープ」を提供してくれる存在と言える。

逆説的なようだが、高いレベルの「自学自習力」を涵養するには、そういったサーキットコースに放り込み、どこまでも苦い秘伝のスープを飲み干すことが通過儀礼となるのであろう。
何でも手取り足取りしてもらってしまうとそんな姿勢は一生身に付かないだろうし、ライバルに揉まれなければ到達しうる自律のレベルも見出せないままとなるかもしれない。

外資系企業に勤める知人に聞くところ、できる日本人社員が目を覆うばかりどんどん少なくなっているそうである。いくらでも優秀な人材が周辺諸国にいるから日本離れもやむなしだという。

子供には、世界がどれだけハードでタフな状況となっても、平気のへの字で順応し成長し続ける力を身に備えて欲しいと願うところである。