KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ペースメーカー

聞くところによると、芦屋では、月収1000万円くらいの人がごろごろいるそうだ。
芦屋の隣町在住の主婦が言っていた話である。
へえーと頷いて聞くだけで相手が困るような質問はしないので、具体的に月収1000万円の人がどの程度いるのかは、分からない。
多分、月収1000万円というのが、「物凄いお金持ちである」ことの同義語であり、別に検証する必要もなくリアリティ感じさせる水準なので、自然と口の端に上ったのだろう。

月収1000万円の人が実際にどれだけいるかはともかく、確かに芦屋は他地域とは完全に一線を画す土地柄である。
芦屋に入ると独特の気品を感じる。(ホンマのことである。)
芦屋川周辺などは、気品だけでなく、ただならぬ場の力まで感じるほどだ。(ホンマのことである。)

山側の奥池緑地から芦屋川を伝って、深い緑と水の香相まった清澄な空気が、まっすぐ浜に向け吹き降ろしてくる。
不思議なことだが、その空気に触れると、満たされたような気分に浸れるし、気力が充溢してくる。
大げさやけど、生命力を静かに鼓舞するような、そんな空気なのである。(ホンマやで。)
ここが高級住宅街となり、指折りのお金持ちがこぞってここを住み処に選ぶのも頷ける。

憧れて、ついうっかり住みたくなるが、冷静にならなければならない。
私のような下々の人間が紛れ込んで馴染むなんて、とても無理な相談だ。
何しろ、彼の地では月1000万円稼ぐのが「普通」なのである。

そんな世界に、かつかつの暮らし向きの人間が入っていけば、いくらしっかりした人間でも、影響受け、そして傷つくに決まっている。
マラソンで例えれば、ぶっちぎりの先頭集団が軽やかにとてつもないスピードで走っていて、そのペースににこやかに「ついていく」ことができる人たちが暮らしているのだ。そして、どう足掻いたところで、努力したって、どうにもならない差なのである。普通の二足歩行で追いつけるレベルではないのだ。

おれはマラソンなんて興味ない、マラソンなんて端から参加してないのだと強がったところで、常人であれば、まざまざと見せつけられる「巨大な格差」によって、自己基盤の崩落感を絶えず感じさせられるに違いない。
身体感覚も変わってくるはずだ。
どでかい高級外車の横に置かれたハイライトの箱程度に卑小な自分という観念につきまとわれ、振り払うのが難しくなる。
「あ、ほら見て、ハイライトの箱がいるよ」と後ろ指さされはしないかと、振り返り振り返りこわごわ道を歩くことになる。

一念発起して、そのペースに「ついていってしまう」ともっと最悪である。
無理を重ねて「ついてゆき」どうしても「ついていけない」部分は、「ついていっているように見える」というやり方で補う。
何のために何をやっているのかよく分からん冥界入りである。

芦屋は異境。たまに通り掛かって、御土地の香りに触れ、合掌させていただくくらいが丁度いいのである。