KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

呼び込み屋

西宮であればガーデンズからアクタに続く連絡通路、尼崎であれば駅からココエに続く連絡通路に、ダイコクドラッグの呼び込みが立ち、大声で叫んでいる。
個々のキャラクターで、声質やリズムは異なるが、共通して言えるのは、だれもが声裏返るほど絶叫していることである。

絶叫の「行間」から微かに痛々しいような自意識が覗き見える。
呼び込みの内部でくすぶる逡巡やわだかまりが、剥き身のまま連絡通路に行き渡る。
耳を塞ぎたくなるし、目を覆いたくなるような光景である。

誰であれ、気の毒なシーンなどに接したくない。
テレビを見ていて、そんなシーンが映し出されたら、ぱっとチャンネルを変えてしまえるが、連絡通路では、超能力者でもない限り場面を変えることはできない。
連絡通路を行く人全てが、聞きたくも見たくもないものにまみれることを余儀なくされる。

しかし一方で、大声宣伝を継続する効果は絶大であろう。あそこまで強烈にアピールし続けられた結果、連絡通路を行く人は、ダイコクドラッグがどの辺にあるのか、忘れることができない。
何しろ、絶叫の地点に近づくだけで、グッと身構えてしまうくらい、カラダが覚えてしまっているのである。
おまけに、他の薬局の名前は霞んでしまい、思い出せなくなる。薬局といえば、ダイコクドラッグという回路を埋め込まれてしまうようなものである。

事業主は、大声宣伝の効果を計算尽くだ。多少は生じる反作用も折り込み済みである。
店舗ごと競わせ、若いバイトを叱責し鼓舞して、ダイコクドラッグの歌を唄えと、路上に送り出す。
大声で歌えば歌うほど、顧客となり得る層に効率的に店の存在を印象づけることができる。

宣伝する手段として不可欠であるならば、せめて、呼び込みの歌い手には、朗々と、気持ち高らかに歌ってほしいものである。連絡通路行く人に、憐憫の情など起こさせない、一芸感じさせるくらいの歌声を披露願いたい。
発声する個人と無関係な商品名を連呼するより、可笑しみと親しみを込めて、個性出すのはどうだろうか。

「えー、本日のタイムサービス、大サービス、、、あ、申し遅れました、この時間から路上担当します、広島県尾道市出身の大黒太郎でーす、趣味はラーメンの食べ歩き、尾道ラーメンがやっぱ最高っす、さてさて、今日はお買い得、きき湯がなんと二本で500円、もう一回、二本で500円〜、消費税込みでやんす。肌がさっぱり、彼女にも喜ばれて、離せません。彼女離せても、きき湯は離せませーん、なーんつってね、、、」
(ちょっとこれではまだまだ寒すぎて、こんなんに出くわすが最後、胸が痛すぎて飯も喉通らんようになるかもしれん。)

歌い手のダイコク装束にも一工夫。顔にも何か描けばいい。カスタネットウクレレ、タンバリン、簡単な楽器も使えばいい。
もしくはチームを組んで、笛や太鼓のお囃子にのって歌うのもいいだろう。

自発的に工夫していけば、事業主に使役される域を超え、ノリノリでできるだろうし、芸風も確立していく。
身に付いたスキルは、結構お値打ちになる。

自我を消し去りダイコクドラッグの化身となって、連絡通路を渡る人々を店へと誘うセイレーンのごとく、朗々と天に向かって唄うのだ。
自在に発声する一個のパイプとなり、工夫重ねる日々は、きっと楽しいに違いない。

もし、将来呼び込み業務を課されたら、とことん本気で工夫して取り組めばいい。
ものは考えよう。面白がったもん勝ちやで。

追記
それで、クビにでもなるくらい好き勝手やって、後は、自分の歌を更に威勢よく歌うのだ。せっかく度胸たっぷり人前憚らず大声出せるようになったのである。
店の特売品を売るより、自分のお客を見つけた方がはるかにいい。