KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

パパどこ行くの?

今日で免停が終わる。
明日の日曜、免許証を返還してもらえる。
これでやっと、運転できる。

士業者にとってクルマは、携帯とパソコンに並ぶ三種の神器である。
私のような下っ端士業者であれば、クルマの重要度は、更に増す。
顧客あるところ、役所あるところ、地の果てのような場所であっても、行ってナンボの世界である。

夏場にクルマが運転できないと、移動効率が悪くなり仕事の消化率が悪化する上、体力をやたらと消費してしまう。
電車移動と徒歩の労役を科せられたようなものである。
カンカン照りの中、ものの30分も歩くと、その時は自覚せずとも、翌日カラダにくる。
疲労がどんどん蓄積する体調の変化におののいた。42歳は、もうおっちゃんなのだ。

免停は、運転に関し効き目抜群のクスリとなった。
今後、交通違反を犯すことはないだろうし、運転に関する認識も変わったので、将来交通事故に関与する確率は大幅に減ったと思う。

免停講習は、適性試験やら実地運転やらシュミレーションやら、なかなかボーとさせてくれないメニューであった。
その中、交通事故にまつわるビデオを見せられるのだが、これが悲痛であった。
居眠りするどころではない。

交通事故で子供を失った様々な家庭のドキュメンタリーが流される。
胸がささくれるような苦しい思いなしには見られない。
子供が失われることなど、想像さえしたくないことである。
そんなことになったらと頭に浮かべるだけで気分が塞いでしまう。

無情にも交通事故で子を失った方々の思いが語られる。
子供を失うという、起り得る事象の中で最も忌避したいことが、その方々の身に現実に起こったのであった。

6歳の次男を交通事故で亡くした家庭からは、笑顔が絶えた。
母親は、仏壇に、毎日食事を供える。
衣服の後始末はできない。衣服を見ると涙が止まらない。
死にたいほどつらい、こんな思いがあと何十年も続く人生なんて、と嗚咽する。
何度も死のうと思った、でも、生き通すと決めた。
ちゃんと生きれば、また次男に会えると分かったからだという。

きっと会えるに違いない。

先日、夜中トイレに立とうと、部屋を出るとき、寝ていたはずの長男が「パパどこ行くの?」と声をかけてきた。
トイレやで、と答えつつ、その言葉を反芻する。
その日はトイレからすぐに帰ってきたけれど、いつの日か、遠い遠い将来、40年後くらい、パパは帰ってこなくなるだろう。
役目を終えた者から順繰りに、帰らぬ人となるのは世の理なので仕方ない。
でも、ちゃんと生きれば、きっとまたどこかで会えるのだ。