KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

家族旅行

お盆の家族旅行は小豆島である。
初めての小豆島となる。
小豆島はハワイ、バリ島、グァムに並ぶ人気リゾート地である。
新婚旅行で訪れるカップルは引きも切らないという。
だから子らは胸を張って小豆島へ行くんだと、ハワイに行く友達達に言っていい。

朝3時に起きてクルマで日生港へ向いフェリーで渡る。
200km弱の行程。大した距離ではないが、海を渡るのでちょっと嵩ある移動となる。
目玉は、海。そして夜間にロープウェイで山頂に降り立ち行う星空観測、名付けて「真夏の夜間飛行」である。
思いっきり遊んで食って、湯に浸かって、ぐっすり眠る。そういう旅になる。

旅行は、未知の場所に向かって、嵩ある移動を経た方が、以後長く余韻が残り続ける。
日常の閉じた輪から折角抜け出すのである。抜け出す歩幅は大きい方がいい。
そして、行く先は現在地からできるだけ遠く離れ、全く異なる系の世界であれば、さらにいい。
移動距離と移動に要する労力、見知らぬ土地の風土が、心気の働きを活性化する。

近場の見知った温泉や海へ、すんなり出かけた旅行の場合、ほとんど印象に残らない。
どこがどこだか、いつがいつだかおぼろな記憶しか残らない。勿体ない。
分かれ目は、移動の嵩。
移動の嵩が、旅の感興を盛り上げ、思い出を鮮明に刻み込む。

我ら倹約一家であるけれど、旅行は何とかやり繰りして回数を重ねてきた。
虚飾を殺いで節約し、旅行はケチる範疇外だと爪に火をともし旅費を確保してきた。

「私たちはみな、かならずやよみがえります。かならずや再会します。そして、過去にあったことをすべて、お互いに楽しく、喜びにみちて話しあいましょう」(カラマーゾフの兄弟、アリョーシャの言葉)。

家族旅行は、かけがえのないものである。これ以上大切なものはないのではないだろうか。
子の成長に伴い過ぎ去って二度と戻らない時間が、旅行により不滅の思い出として刻印される。
旅行が、永遠に共有される楽しい話題を紡ぎ続ける。

仕事のスケジュールが許す限り子らの行事を調整し、これからもどんどん未知の土地を目指し、できるだけ長く、そして遠く旅をするのだ。

追記  カラマーゾフの兄弟 アリョーシャの石のそばでの演説
「いいですか、これからの人生にとって、何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何ひとつないのです。君たちは教育に関していろいろ話してもらうでしょうが、少年時代から大切に保たれた、何かそういう美しい神聖な思い出こそ、おそらく、最良の教育にほかならないのです。そういう思い出をたくさん集めて人生を作り上げるなら、その人はその後一生、救われるでしょう。
そして、たった一つしかすばらしい思い出が心に残らなかったとしても、それがいつの日か僕たちの救いに役立うるのです」