KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

男子校でいい

中学高校と男子校であった。
大学は理工学部で、ここも実態としては男子校。

今のところ、子らも男子校でいいと思っている。
徹底的に勉強に励み、心身鍛え、人格磨く修練の場として学校を捉えた場合、男子校の方が収穫は大きいはずだ。
力がつくのはどっちなのかと問いを一点に絞れば、結論は明白だ。
しかも男子校の絆は強固で連帯感は共学の比ではない。友人を誇りに思って帰って行ける居場所として、男子校仲間は末長く機能する。
思春期のややこしい頃、何だか分からない衝動がマグマのように煮えたぎり出す頃、周囲間近に、勉強よりも友達よりも気になって仕方ない異性といった存在はいない方がいい。

男女共学の方がええよ、男子校だと歪な女性観を持ちかねないし、人間形成のバランス考えれば、共学やね、という話も聞く。

しかし、男子校生活が長かったからといって、女性恐怖症になったとか、変態になったとか、困った性癖が身に付いたということを、身近に見聞したことがない。
私が知る男子校の友人らは一様にモテモテだったし、まずまずの結婚をし、平穏無事な家庭を築いている。
せいぜい男子校出身者の場合、女性と話すときに多少身構える傾向がある程度で、そんなことは些細な事である。

男子校が変質者を生むのではなく、変質者はそもそもの最初から変質者なのである。
もとが変なのであれば、共学に行った方が、その変わった性質は危うい方向に発露するのではないか。
男子校に行けば、発露する前に客観的な認識を得て、抑制する術を学ぶ可能性も生じ得る。
ということで、正常者も変質者も、男子であれば男子校に行くのが色んな意味で望ましいと判断できる。

そして、男子校であるべきだと思う、もう一つの理由は、案じ過ぎかも知れないが「リスク回避」である。
男女の爽やかな交流が学校生活の輝かしい一頁になるという明るい面の背後に潜む、男女にまつわるややこしい側面にも目を向けないといけない。
恋愛が青春を色鮮やかに照らしている間はいい。
しかし、男女のことは、いつだって暗転しかねないのである。
真っ暗な暗転の場合は言うに及ばず、薄暗い程度の暗転であっても、その暗転の責任を本人は取ることができないし、その重さに耐えられないかもしれない。
責任能力のない10代は、関わらない方がいい。いや、近づかないくらいでいい。
10代のうちは、川向こうの遠い異国から、女性というものの存在をチラと垣間見て、女性観の仮説育て、責任取れるようになってから検証すればいい。

人生最大の伸び盛りである10代は、思う存分、力の錬成に取り組めばいい。
10代にしか力の基礎工事はできないのである。
力をつける、それが第一であり、違う順番はあり得ない。

力がないと、そもそも誰も幸福になどしてあげられないのである。
幸せにしてあげようという相手は、何人も必要なわけではなく究極一人で十分なのだから、後でゆっくりと探せばいい。

追記
ところで、自分に娘があった場合、どう考えるか。
当節、いいところに嫁いで専業主婦になって幸福になる確率なんて、ますます先細りの様相である。
娘がいれば可愛さ余って、一人ぼっちになっても食っていける専門能力が身に付くよう心を砕くに違いない。
であれば、女子高もヘッタクレモない。親の義務だと心得て、強い連中がひしめく学校で切磋琢磨させることになるだろう。