KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

主婦の権利

宝塚は一流企業にお勤めのエリートサラリーマン世帯が多いらしい。
宝塚在住の自営業の顧客に聞いた話である。
夏休みが終わり、やっとこれで主婦の夏休みが再開と互いを労い合ったのも束の間、10月の人事異動で奥様方が悲喜こもごもの模様だという。

単身赴任で10月から夫が家を離れる家庭もあれば、遠い地にあった夫が「マイホーム」のある宝塚に帰ってくる家庭もある。

前者の主婦はこぼれる笑みを抑えるのが苦しいほど花咲き乱れんばかり晴れ晴れとし、後者の主婦はガールズトークも上の空、視線さまよい、全細胞が喪に服すかのような沈欝さでどこまでも深く深く沈み込む。
亭主帰還組の主婦を遠巻きに、「誰それさん、お気の毒ぅ〜」などといったささやきが、リレーのバトンのように受け渡され町を駆け巡る。

長く離れていた夫が単身赴任先から帰ってきて、一つ屋根の下で暮らすことになる。
主婦にとってこれほど痛ましいことはないそうだ。

夫が単身赴任している間、世界は七色の虹かかるドリーミィーなユートピア
自らが管理する預金通帳に最果ての地で勤労する夫の稼ぎが滞りなく振込まれる。
お金の使途は、主婦の裁量だ。
何時まで寝てようが、子に何を食べさせようが、何時に出かけようが、昼から酒盛りしようが、誰を家に招こうが、習い事に興じようが、一定の世間体さえ気をつければ、何もかも自由自在である。

夫の帰還は、享受し続けた安楽むさぼる既得権の「目減り」を意味する。
少なくとも、夫の帰宅から出社までの時間は、自由が利き難くなる。
夫が会社にいる間も落ち着いた気分で過ごせない。
好き放題寝かせろ、さぼらせろ、あそばせろ、と強弁したところで、勝ち目が薄い。
愉悦の海に浸る日々が、剥奪される。
我が世の春に幕が下りるのだ。

むざむざと無精横着の日々を奪われてなるものか。
主婦の権利を死守するにはどうすればいいのか。

死ねばいいのに、、、
そう想像しても胸痛まむ我が身を不自然とも思わない。
年金はどれくらいもらえるんだろう、書類屋にでも聞いてみよう。
生命保険もあるはずだ。死ねば家のローンもチャラになると聞いたこともある。
悪くない話かもしれない、、、
そうだ、夫なんて死ねばいいのに、、、

安楽だけが人生の醍醐味、主旋律となった人間というのは度し難い。
夫の立場が省みられることはない。胸中を思いやられることもない。
不徳の度合いなど関係なく、働き詰めで金目のものを残した後は、遅かれ早かれすみやかな死を願われる、それが帰還する夫が置かれた真相なのである。
世間体だけが、夫の命の防波堤となる。

夫が単身赴任を終え帰ってくることで、そこまで思うのかと話を聞きつつ、私は暗い気持ちになった。

安楽志向は被害者意識を引き連れて、怠け者であることに居座ったまま、ほしいまま権利を主張し毟り取る。
得られて当たり前。そこに、一片の感謝もない。
お気に召さないことが生じれば、自らを省みるのではなく、まずは相手を責める。
安逸な日々がそんなメンタリティを醸成定着させてしまうのだろう。

苦難の連続、苦労とともにあるような女性からすれば、夫の帰還など聞き流す程度のラチもない話に過ぎない。夫が帰ってくるならちょうどいい、わたしの仕事でも手伝ってもらおう、助かるわ、てなもんであろう。

ハードな日常が現実の当たり前で、「七色の虹の世界」の方がよほどどうかした夢物語、ちと味わえれば僥倖、感謝感激やね、といったことを肌身で知る人が伴侶でなければならない。
さもないと、疫病神扱いの責苦を免れない人生となる。