KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

重箱隅太郎

昨日、野田の郵便局で、重箱隅太郎を見かけた。
一昨日は阿倍野で重箱隅之助を目撃したので、彼らはどこにでも出没するようだ。

隅之助は薬局で女性の薬剤師に文句を言い募っていたが、隅太郎は、郵便局で窓口のおばさん相手に一席ぶっている。
おばさんは、脂汗をにじませ、眼鏡のレンズが曇り始めている。嫌な汗をかいているのだろう。

事情は詳らかでないが、漏れ聞こえる話から類推すると、隅太郎は、提出する手続書類に会社の横判を捺し、その横に、事務の鈴木さんの認印を押した、窓口のおばさんとしては、どう見ても会社の印鑑ではないので受付けできません、と言っているようだ。

鈴木さんが書類を作ったから、鈴木さんの判子を捺したまでで、住所も社名も社長の名前も何もかも正しい。
印鑑がどうのこうのと言うのなら、印鑑証明書を提出させて確認すべきであり、あんたの主観で判断してよいのかと隅太郎は早口で執拗に詰問を繰り返す。その表情は嬉々恍惚といった様子だ。

誰も助け船を出さない。
おばさんの脂汗が粘度を増していく。

止せばいいのに、おばさんが、隅太郎に念を押すように再度問う。
それは会社の印鑑なのですか。
隅太郎は自信満々に答える。
そうや、会社の鈴木さんの印鑑や。

やっと奥から責任者と思しきおじさんが現れる。
登場のときから平身低頭、腰をかがめ現われ、これで手続させていただきます、と更に深々と頭を下げる。

隅太郎は、見下ろす風に、無駄な時間を食わされたこと、対応に誠意がないこと、手続の説明が不十分であることなどを細々、とても大の男のすることとは思えないほど、微に入り細にわたってどうでもいいような苦情を並べ立て始める。
窓口は隅太郎に制圧された。

隅太郎はじめ重箱兄弟は「お客さんの立場」といったアドバンテージを追い風に勢いづく。
いい時代になった。
お客さんとなれば、どれだけアホなことを言っても、相手はこちらの話に耳を傾けてくれるのである。

だからといって、ド真ん中に出てきて弁舌奮うことはない。
自分が勝負できるところは、隅っこの小さいことだけだと心得ている。
誰も問題にしないような、細かな、微細な場所だけが、しのぎの場である。
攻撃場所を厳選するゲリラのようだ。

相手は、面食らうのでたいてい即座圧勝できる。
第一、相手といっても、無防備な民間人、勤労に励む善良な主婦やおばさんである。
ゲリラ戦をふっかけるような相手ではない。

細かな世界で、無抵抗な相手に対し得意技の揚げ足取りとあら探し攻撃を、絶え間なくキビキビセコセコ繰り返す。
万一抵抗されると手の平返し、まあまあまあと宥め戦意喪失させてから、見計らって再びミクロ戦を続行させる。止まっているボールしか打てないし、動かない相手にしか技をかけられないのである。

だから、抵抗しそうな相手、気骨ありそうな相手、自分より遥かに頭の回りそうな相手と見て取った場合には、端から関わらない。
抜き足差し足して用心深く対峙を回避する。

なにしろ、隅太郎も隅之助も、そもそもが、普段は大人しい人柄なのだ。
影の薄い、口数の少ない、目立たないくらいの存在だ。
俯き加減で目を伏せて通りの端っこを歩く。
運が良ければ落ちている10円玉をゲットできる。
特に趣味もない。友達もいない。目標もない。
唯一の楽しみはコンビニでエッチな本を立ち読みすることくらい。

そして、文句を言い募ることのできる弱そうないけにえと巡り合ったとき、彼らのスイッチはONとなり、歪んで湿った笑みが、火影に暗く浮かぶのだ。

見識ある人物が、ことをつぶさ凝視精査し、注意深く措置講じるのと大違いである。
もとより手段と目的が違う。
更に、中身の密度に差があり過ぎる。

隅太郎に不快感しか覚えないのは、彼に中身がないからである。少しはあるのかもしれないが、きわめて「薄い」のだ。
浮かんでは消えるうたかたの枝葉末節、どっちだっていいようなラチもない気まぐれに付き合わされることほど無為なことはない。

中身というのは、その人の根源的な問題意識であり、その人を通貫する奥深いテーマのようなものだ。
人物に中身が伴っているかどうか、そこが決定的な境界線だろう。
蟻の一穴という言葉もある通り、深慮に磨かれた活眼は、瑣末事であっても看過できない悪目は見逃さない。培われた流儀様式によってすみやか手当てし、片づける。
他方、目をつむったところで何ら他愛ない事柄について、または、そこで取り沙汰しても栓無い事柄について、無用な干渉するほど下品に堕することは決してない。

猫だましのように不意をつき、ほとんど場外というようなどうでもいい辺境の沙汰で詰めよって困らせるために困らせる、そんな手段でしか自己を満たすエネルギーが獲得できないなんて、まさに素寒貧であり、お気の毒なことである。謹んでお悔やみ申し上げたい。