KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ヘボ書類屋のテーマ曲

誰も掛け湯しないことで有名な野田の銭湯であるが、スチームに初めて入った。
暗がりの隅っこにあり近づくことはなかったのだが、かなり疲れていたのであった。
蒸気にあたって仕事血流を復活させねばならない。

入って驚いた。
思いのほか、広く、明るい。
そして、懐メロが威勢のいい音量で流れる。
君たちが生まれるはるか前、一世を風靡した歌謡曲の数々だ。
一歩踏み込まなければそこがメロディ奏でられる場所であると知ることはなかった。

それで合点がいった。
今朝早朝電車でみかけた恰幅のいいおじさんのことである。
グラビアアイドル並の開脚でどっかと座る。
眉間にしわ寄せ、眼光ぎらっと辺りを睥睨。
大物風がそよと吹く。

身なりはサラリーマン、歳は50代といった様子である。
スーツの裾が短く靴下の色が健全に明るすぎる。
靴と鞄がかなり傷んでいる。決して風合いといった趣きではない。
何か一面の真実が垣間見える。

朝、おじさんは内部に流れるテーマ曲とともにある。
テンション増しに増す、例えば青春のスタンダードナンバー、ツッパリハイスクールロッケンローなどが強いビートで渦巻いている。
毎朝気合い入れてネジ巻いて、いくさ場に向かうようにみずからを盛り上げる。
欠かせない出勤儀式の一つだ。

しかしながら、内部の音は周囲に漏れ出さない方がいいだろう。
おじさんは、勢い余って、腰が浮き、足が開いて、頭が高くなりすぎている。
これでは底の浅さが見透かされてしまう。

お囃子のひょうたん笛でクネクネ顔出す単純な蛇みたいなものだ。
BGMをぷっつと切られたら、目をぱちくりさせてツボに引っ込み、広げた脚がオカマみたいに内股に閉じること請け合いだ。

ロッキーだろうがジョーズだろうが笑点のテーマだろうが、市井の方々の心の内どんなメロディが響き渡っているのか、通常は簡単に分かるものではない。
特に無表情なお国柄である。
意識的にその気配を一切消し去る練達もいるくらいだ。
それが分かりやすいとなると、少しは可愛く思えてしまうではないか。
                
なあ、パパ、なんで書類屋みたいなヘボイ仕事してるん?と長男に言われたことがあった。
ちょうど、たかおか歯科クリニックからの帰途であった。
医者の仕事ぶりを目の当たりにした後であれば、書類屋なんて一体何なんだと軽侮する念が生じるのもやむを得ない。

書類屋の仕事は、人そのものに関わることが多い。
会社の事業主から担当者、従業員その家族。
会社の規則や手続についてその説明役となり色々な方と話をする。
鶴の一声で話がまとまれば話は早いが、そうでない場合もある。

日本のお国柄もあって、ほとんどいい人ばかりであり、感謝の毎日である。
しかし中には、こちらの調子が狂い乱されるようなチューニングの方がいて、こういう場合、考えの流れが噛み合わず相当な根気が必要になる。
さらには、仲間で結束して分からず屋を決め込まれ、個々にとっては誠に不合理な結論に向かってしまうという何とも不毛な消耗戦に至ることもある。

我が事ならばスゴスゴ引き下がってもいいが、事業主の立場で話をするのが責務である。
オロオロしては仕事にならないし、やけになっては台無しだ。
不撓不屈のバランス感覚が必要になる。
何があろうと平然にこやかに菩薩の微笑で持ち堪えることになる。

構図としては孤独である。
しかし、何はともあれイマジネーションだ。
味方がいる、という想念ほど心に平和もたらすものはない。
自分の背後にいる数々の仲間の姿を想起する。
眼の前の相手に冷笑されようが怒鳴られようが、全く孤独ではない。

味方に問う。
ポイントは何やろ、なんでやろ、どうする、ほんでどうなるん?、と問い続ける。

ちゃんと正しい答えが出てくる。
自分のための答えではない。
職務において自分のための答えなど無用である。(全く不要という訳ではないけれど)
近視眼的に自分自身が相手に勝つため仕事するのではない。
負けるが勝ちという戦果さえある。

出た答えが簡単過ぎる内容で、相手が拍子抜けし、あっけに取られても、ひるまず鉄面皮で説明する。
ややこしい話でも、ゆったりとした気持ちで粘り強く言葉をかみ砕く。

そんなタフでハードな役割で雑音に抗すには、調和ある音楽が内奥通底していた方がいい。
流すとしたら、あれこれ考えても城達也のJetstreamが一番だろう。
深みあるナレーションを味わいつつ心地よい音楽に身をひたす。

無事解決し、また落ち着いた平穏な状態に戻る。
ふっと顔上げ、胸を張る。
静かな曲調に包まれる。
その余韻が心地いい。