KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

置物リーダーを打破

知人が市長選挙に出るので、興味あって現職がどんな風なのかネットで調べてみたものの、その情報発信の少なさ、薄さに唖然とした。
ご体裁程度の行動記録みたいなものがHPにあるのだが、それじゃあんまり、小学生の日記ではあるまいしという、何ともいたたまれない惨状である。
年に1回、2回程度公表される公約の取り組み状況にしても、市役所職員がさばさば味気なくまとめたようなメモレベルのレジュメしかない。
厳しい大学教員なら、なめっとんか、と投げ捨て、近頃の若い奴は、と酒場で同僚にこぼすような内容だ。

要するに、市長の声がない。
市長自身の頭で考えたような、市政についての考察も検証も感想もなければ、呼び掛けも、冗談の一つもない。

本当に地元のことをきちんと責任持って考え抜いているならば、そのような声があって当然だと思うが、どこを探しても何もない。
自分がいる現在のことしか頭になく、地域住民に問うようなアウトプットが何も出てこないのだろう。

噂にたがわず、「顔」だけあれば誰でも務まるような仕事なのかもしれない。
どこでも同じようなもので、祭りに顔出しては勧められる酒を飲み干し、コンビニで出合った有権者に気さくに話しかけにこやかにタイガースの話をし、選挙の折りだけ陳腐な公約をローラを唄う秀樹みたいに熱唱する。
歌い終われば、市役所の職員にマイクを渡し、後はひとつよろしくと立ち去って、それだけで通用する職務。

地方分権の波がひたひた迫りつつある今、その程度の首長に一体どのような存在価値があるのか、首を捻らざるを得ない。
私的に閉じた立場であれば感情控え目に寡黙であることは美徳と言えるが、役割を担った人間がそれで済むほど物分かりのいい社会ではないはずだ。

今後、各地域が自閉的に完結できるわけはなく、その正反対、自律的に世界に開いて発信し関心喚起できるかどうかが地域の盛衰を左右する鍵になるに違いない。
であれば、首長には、私心なく地域のより良い明日のために働くという高い公共心は言うまでもなく、世界のどんな奴が来ても渡り合えるくらいの知性と経験、世界に対し威勢良く過剰なほどに地域発の情報発信を果たせるくらいのパワーが備わってなければならない。

そして、ニコニコ佇むだけでなく、場合によっては身を挺し声を荒げてでも咎めるべきを咎め、否を否と強く断言できる心根の強さまであれば更に頼もしい。
その場合には、抑え役を果たす有能な補佐も必要かもしれない。

私の場合、感情高ぶった時に家内がバカらしいからおやめなさいといつも制止してくれるので無益な殺生を回避できている。
感謝。