KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

古巣との関わり

ずっとそうであったように、これからもそうであるように、今月も月末にかけて繁忙を極める。
目まぐるしいほどの日々に慣れ、業務効率も遥か昔の駆け出しの頃に比べて飛躍的に向上しているけれど、その分、仕事が増えるので、食べ過ぎで胃袋がどんどん膨らむようなメカニズムで、仕事容量が拡大していく。
ああ、今日は何をしよう、と漠然と一日を見渡すような過ごし方とはますます無縁である。

そして、日記書くならこっちの仕事を前倒しで片付けてくれないか、というもの言わぬきつい眼差しを意識しつつも、業務の傍ら、これは子に話そうという出来事やらに出くわすのであり、それは何を於いても、忘れる前に伝えねばならない。

この日記でも何度か紹介してきた友人の島田智明が、人生前半の輝かしい遍歴の後、世界またいで得た輝かしい戦果をひっさげ、生まれ故郷の河内長野市に戻り、市長選に出馬することとなった。

新聞でも取り上げられ、すでに地元にて、河内長野をよりよくするための活動を開始しているので、ああ、あの若者かと、地元の人は、その精悍な風貌に思い当たることだろう。
ところで、彼は、風貌だけでなく脱いでも凄い、つまり、中身がぎっしり詰まっている。

河内長野という閉じた地域のなかでのみ幅を利かせる程度の器ではない。
つまり、いまや地元にとって待望の人物だということである。

近々、地域の浮沈を左右する選択に、河内長野市民は迫られる。
このままなら、人口流出は留まらず、ゆるゆると停滞と衰退の度合いを増していくだけだろう。

まずは何より先に、トップに据える人物の頭脳と心臓の若返りを図り、すなわち、盆栽いじり程度のアウトプットしかないと揶揄される現職に代えて、河内長野へ順目が向くような、衆目を引く、人の足が向く手立てを数々講じていかなければならない。

島田智明こそ、その任にうってつけだろう。

同級生の島田君が市長選に出ると言うことなので、その周知のため当然に、星光同期生のメーリングリストで、関連情報と経過、皆への依頼事項などを発信し始めた。

さすが星光生、地の塩・星の光な人々である、ほとんどは、阿吽の呼吸、打てば響く。どんどん反響が寄せられる。

ところが、人の集うところ、当たり前だが、全てが同色で染まる訳がない。
メーリングリストの管理者から、私の発信に関し、若干名から苦情があったと連絡が入る。

発信の当初、メールの要不要について問うていたので、迂回したような意思伝達をする匿名の苦情者に対し疑心暗鬼な気分とならないこともない。
直接返信くれれば、黙って事を処し、リスト再構成の上、発信できるものを、匿名の苦情なので、若干名への配慮をもって、全停止せざるを得ない。
ちょっと一言添えてもらえれば、改善できる話ではないか。

と、不満も募るが、世知辛い当世、各々諸事情あるのだろう。

業務上の支障などがあったのかもしれない。
仕事中に、関係のないメールが職場に舞い込む。
臨戦態勢で仕事に構えている際に緊急性のないメールは拍子抜けだ。
チッと舌打ちし、怒りが生じる。

勤め人の立場であれば、業務外のメールのやりとりが管理部門に非を責められ立場が窮する。
なんてことしてくれんだよ、とメールを呪う。
そのようなこともありえるだろう。

そして、中には、忌避感情に端を発する拒絶もあったかもしれない。
今は昔、ちょっと同じ学校だったからという理由だけで、交流する気などさらさらない、あんな連中からの発信メールを受け取るなど、厭わしい。

卒業後20年以上経過する。いろいろな立場の者がいて、いろいろな考えの人間がいておかしくない。
メールひとつで、それらがあぶり出されるようである。

個人史を掘り下げたときに、ほろ苦くも懐かしい中学や高校といった青春時代の地層に行き当たり、そこで同時に過ごした仲間に郷愁や愛着を覚える人もいれば、「なかった」ことでいい、一部であれ全部であれ、関わりたくないという人間がいるということも知った。

「なかった」ことにして切って捨てるのも、人の自由であり、とやかく言えるものではない。

しかし、君たちには、知っておいてもらいたい。
個人の来し方の背景には、現に時代時代の人間関係が堆積していく。
「なかった」ものとしてゴミのように扱うよりは、「ある」ものとしてにぎやか捉える方が遥かに豊かだ。

折々、出会いがあって別れも来るが、しかし、別れの後に始まる付き合いというものもあるのである。
それを知って、関わる相手に対して、もしかしたら、一生ものの付き合い、自分を構成する一部となる相手かもしれないという最大限の敬意と謙虚さ、まともな心ばえをもって接することである。

いい大人が何もべたべたする事はないけれど、しっかり付き合い、しっかり別れ、そうであってはじめて、また再会できる。

時には、この世の果てのしょうもなさで、見下さざるを得ず付き合えない奴もいるだろうし、逆に見下されて取り合ってもらえないこともあるかもしれない。

しかし、それでも、基本姿勢として、人間関係の値打ちを貶めないよう真っ当に振る舞う事を忘れてはならない。男の心得である。

河内長野という古巣に、ぴっかぴかとなった島田智明が戻った。
外部からの注目を集め、活気を生み、そして、世界に発信できる男である。
鉄の勤勉さで利他的に業務に邁進し、隠れた課題を発見し、問題解決のアウトプットが出せる男である。

ぱっと華やぐ河内長野がもうすぐ生まれる。