KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

必ず帰還すること

先日の山口出張ではレンタカーで役所を回ったが、借りたクルマの走りが悪い。
アクセル踏んでもなかなか加速していかない。
まるでサイドブレーキでもひいたまま走っているようだ。
普段乗るクルマとは大違いである。

思うようにスピードが出ないので、いろいろな局面で焦ってあくせくするけれど、トロいクルマだからと後ろに迫られるようなことが全くなかった。
おおらかでとても牧歌的な運転がなされる街であり、むしろ、私の方こそ、こんな遅いクルマに乗ってさえ、前のノロさにイライラするという、大阪人気質を露わにしてしまうのであった。

阪神高速の合流地点で繰り広げられるカーチェイスなど別世界のことのようだ。
阪神高速では、二度ほど大きな事故に遭遇する局面があった。

一度目は、東大阪線を神戸方面へ向かって走っているときである。
船場JCTから車両がどんどん流入してくる。
合流の始点からなだらか併走し、順々に前後譲り合って合流してゆく。

そのイメージで進むが、目の前に迫る合流の始点に、おばちゃんがミニのハンドル握って、飛び込むタイミングを今か今かと待ち構えている。

ウソだろ、冗談だろ、と通り過ぎようとするが、あろうことかそのおばちゃん、身を投げるように、いっせいのーで、こっちの車線、つまり私の目の前に入ってきた。

一気にスピード緩めても絶対間に合わない。
目と鼻の先、後続するクルマもある。
とっさに左車線に移ってかわすしかなかった。

目をつぶるような思いであった。
幸い、左車線が空いていた。
私と後続のクルマは左に逃れ、クラッシュを避けることができた。

しかしこれは、運が良かったと胸を撫で下ろせるような目出たい話ではない。
まぐれで助かったに過ぎないのだ。
もし、左車線に高速で走る車両が連続していれば、車線移ったところで、彼らを道連れにお墓行きとなったことは間違いない。

二度目は、先日。
揉み合うような渋滞の環状線を抜け、西船場JCTから神戸線、湾岸線へ向かう。
湾岸線が混んでいると即座判断し、左端から右車線にじわじわ移り神戸線を目指す。

神戸線二車線のうち左車線を走る。
左手に、長蛇の列で身動きできない湾岸線の車列を見つつ、離陸促すような神戸線入口の緩やかな傾斜に誘われ加速していく。
神戸線右車線は更に高速でクルマが飛ばし、びゅんびゅん駆け上がって行く。

と、突然、湾岸線の列に並んでいた白のホンダが、いきなり、停まったままの速度で右車線、つまり私の目の前に入ってきた。

こっちは加速している、向うは、こっちが見えてない、もしくは距離感とスピードを見誤っている。
右車線は、びゅんびゅんクルマが飛ぶようなスピードだ。

急ブレーキを踏む、それ以外にない。
クラクションを鳴らしつつ、ブレーキを踏み込み一気に減速する。
すんでのところ、磁石が反発するように、白のホンダが加速し追突は回避できた。
幸い、本当に、これもまぐれである、後続に車両がなかった。
もし後続車があれば、大変なことになっただろう。
通常の状況であれば私は神戸線入り口付近で途中リタイヤ、お墓行きとなっていたのである。

白のホンダにはペットフードの会社名が入っている。営業車だ。
腹を空かせたペットが神戸にいて、ハンドル握る餌やり人には一刻の猶予もなかったのかもしれない。
殺されるところであった、とあえて言わねばならない。
ペットフードの営業車に断たれる人生はさぞ無念であったに違いない。

餌を運ぶ運転手は機転を利かし湾岸線の渋滞を回避できたと手柄気取りかもしれないが、それで節約された10分や20分のために、こちらの2千万分以上を奪われては、これはもう釣り合わない。

こういったしょうもない要領かます奴ほど、貧乏神となるのである。
はなはだ迷惑だ。
もうハンドル握るのはやめた方がいい。

高速では1台1台が単独で走っているのではない。
一体の流れとして動いている。
1台でも、すっとんきょうな、次の手を読まない奴が現れると、その秩序が大きく損なわれる。

チェスの名人みたいに千手先など到底無理でも、それでも普通は、2手、3手くらいは先を読む。
こうすれば、こうなって、それで次にこうなって、というように。
そのように秩序は維持される。

しかし中には、1手先以外見えない、目先が全てという輩が存在するのである。
無自覚無分別なクルクルパーな近視眼が、誰かが何とかするだろうと高をくくり、周囲の命を損なうのである。

顔や車に「墓堀人」と記載してあるわけではない。
しかし、彼らはそこらじゅうを跋扈している。
身を守るため、注意深く凝視し、墓堀人を見分けねばならない。
頼りになるのは、想像力だけである。

そして、墓堀人の餌食となった場合、常に収支は釣り合わない。
何でこんな奴に、というのが墓堀人の相場である。

必ず墓堀人を回避し、お家へ帰還しなければならない。

山口で用事を終え、新幹線の改札での待ち時間。
家族総出で、身内の帰省を待つ一行があった。
焦がれるように、その帰りを待つ様子がひしひしと伝わってくる。

我が家も同じである。
ちゃんと帰ってくること、当たり前すぎて見過ごされがちだが、とても大事なことなのである。