KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ええじゃないか、ええじゃないか

後半に向けますます満作の花咲き乱れ、祝福されるかのような人生であるという言を真に受け、来るべき次のステージに備えカラダそぎ落とそうと、走りに走る。
仕事が片づけば、すぐさま走りに出る。
走りたいので、仕事がどんどん前倒しで片付いてゆく。
楽しみがあれば、苦行の仕事すら愉悦の行となる、そのような逆説的な真理に気付く。

オーバーウェイトのこの身では、みっともないほどのトボトボペースだが、何とか福島区から西宮甲子園口まで12kmを走り切る。
距離が長いので相当きついが、幸福である。

2号線を進む。
西淀川区を踏破し、尼崎市を横断する。
途中、佃中学の野球部に追い抜かれ、日本一周という旗をたなびかせるオンボロ自転車にも追い抜かれる。

走っている地点を、はるか高みから見下ろすように島国日本の姿が浮かぶ。
島国という認知が日本人に根付いたのはいつ頃のことなのだろう。
島国根性といわれるメンタリティが先なのか、島国であることを知った方が先なのか。
むろん、島国という認知があってはじめて島国根性という閉鎖的な性質が醸成されたのだろう。

そして、更に視点は高く浮上し、地球の姿を見下ろす。
地球は青かった、60年前、人類最初にガガーリンボストーク1号から目にしたあの地球である。
20万年に渡るホモサピエンスの歴史を通じはじめてガガーリンが外から見た地球の相貌はいまでは人類におなじみのものとなっている。

地球が直径130cmのボールだとすれば、最も高い山でさえ、最も深い海でさえたったの0.1cm程度、テーブルの上のホコリとこぼれた水たまりみたいな場所にこびりつき湧いて消える存在が人間なのである。
そんな薄っぺらな地表でああでもないこうでもないとやっているわけだ。

塾の先生の話によれば、受験本番が近づき、正体をなくすママさんが激増するそうだ。
地道に歩を進めれば到達するものを、とち狂って錯乱し、子を道連れに自滅してゆく。

一点凝視しすぎて視野が狭くなる弊害の典型的な例だろう。
たまには、窓を開け風通しをよくするように、心の封を開け、広く大きな視野で物事を見渡すことも大事である。

頑張れ頑張れとねじ巻くだけでは芸がない。
進むペースの多少の変調など、どうでも、ええじゃないか、ええじゃないか。
それ以上根詰めたところで、五十歩百歩、むしろ逆効果ということもある。
どんな結果が訪れたって、どうでも、ええじゃないか、ええじゃないか。
どんと状況を受け止めてなお、ええじゃないか、ええじゃないかと、おどけて和む雰囲気が子をどれだけ勇気づけることだろう。

どの道、子らが赴く前線は、戦闘というメタファでしか語れない過酷な世界となる。
平和で豊かな世界で子らが何不自由なく穏やかに暮らすことを夢想する大人は、そんなバカなと否定したいだろうが、先のことを何も考えていないような飲んだくれの親父と遊び惚けたお袋が先に散々飲み食いの限りを尽くし、ツケだらけの世を子に引き渡すわけである。

おまけに一世を風靡し世界の尊敬を欲しいままにした黄金のジャパンブランドですら今や風前の灯という体たらくなのである。
子らに割を食わせることが明瞭なのに、ゆとり教育などに代表されるお目出度い政策に明け暮れ、重大な問題を先送りし続けた大人たちが、子らの平穏な世界を夢見ること自体、日本人の未成熟さを如実に表していると言えるだろう。
子らの払いは多大なものとなっているのである。

せめて、家庭という後方では、ええじゃないか、ええじゃないか、と労えばいいのではないだろう。

やがてガス灯を模した照明に柔らか照らされる武庫大橋が眼前に見えてくる。
宵のうち、武庫川を渡る風はこの上なく清涼だ。
とげとげしたようなサウンドが清澄な調べに変わるような安らぎを覚える。
橋を渡ると西宮だ。
旧甲子園ホテルを右に折れ、甲子園口の駅を経る。
ゴール付近だという心の変化が作用するのか、西淀川よりも尼崎よりも、キレイな女性が多いように感じる。

間もなく我が家だ。
一日のあれやこれやを家族で話し、願わくばいたわり合って明日に備える。
もっとも心満たされる穏やかな時間がそこで待っていますように。