KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

日本を丸ごとリノベーション

明け方、金星と下弦の月が横並びになるシーンが見られると期待したが空は生憎分厚い雲に覆われ、2号線の不夜城玉出のネオンだけがケバケバ光る。

アメリカ民主党の党大会でオバマを応援するクリントン元大統領の演説が圧巻であったとニュースの解説者が述べている。
アメリカ史上、オバマ就任時の演説に比肩する二大名演説であったというから、このクリントンオバマという人物の共演となる党大会は、ウルトラマン兄弟勢揃いといった豪華さではないか。

目覚め間際の夢の一シーンを思い出そうとするがどうにも肝心の部分が浮かんでこない。
教室で、誰かの気を引こうと、あの青春時代特有の、ああ嬉し恥ずかし、そして懐かしいクジャクのオス君みたいな身振り手振りの大げさなアピールを繰り広げていた。
見知った顔ばかりのクラスで、もちろんタコちゃんもいたので男子校なのだが、夢だからええ加減なものであり、その肝心のその人の顔が、明瞭には浮かんでこない。その一角だけ、ぼんやり霞んで、目が覚めた今となっては舞台は変わり、もはや、目を凝らすこともできない。

Podcastニュースの話題は自民党総裁選の話に移る。
誰と誰が結びついてといった、したり顔で語られる政局の話ほどつまらないものはない。
芸人の内輪ネタの方が遥かにましだろう。
プックリした顔の世襲議員らが、閉じきって停滞感たっぷりの既成組織の内側でチマチマ動いて一体社会に対し何ができるというのだろう。

政治家元気で留守がいい、と優秀な官僚がいてはじめて体をなしている国だともはや白日のもと晒されている。

中心層が、心根優しく懐もそこそこ暖かい日本人で構成される均質的な共同体であれば、目配りの利く調整型の村長さんタイプ、野田さんや谷垣さんみたいなリーダーがうってつけなのだろう。
そしてこの国では神社の宮司と同じで信頼感も相続されるので、何らのマドルスルーも経ていないボンボン風情が、マツリゴトの中心となっていく、それで万事OKだった。

しかし、プーチンの前ではプーとなり、胡錦涛の前では先生の前で緊張する不出来な生徒みたいに萎縮しているかに見え、そして、李明博から握手求められ、あっそこにいらしたのですねみたいに卑屈な笑顔浮かべる村長では、もう立ち行かないのではないだろうか。

京都では母親が幼い娘二人を絞殺し、東京渋谷区では内縁の夫が妻と子を殺し、目黒では母親が子を縛った上に口をテープで塞ぎビニール袋かぶせて窒息死させる。
こんなようなことが立て続けに起こる。

お国の基本単位である家庭が揺らいでいる。
家庭というのは、お金健康縁相性という4次元伴って心安らか馥郁と織り成される空間である。
しかし、金がない、カラダが痛い、気が塞ぐ、わたしは見る眼がなかったこんな子どっかに行ってしまえと、泣き叫ぶ細君らの声がますますボルテージを上げ日本中にこだまするご時世である。
家庭という空間が歪み、かつて日本人に備わっていたはずの受容力(ネガティブ・ケイパビリティ)は薄れてしまったのか、同居する誰もが不安定な精神状態に追い詰められてゆく。
他に欠落なく相性レベルでごたごた揺らぎ瓦解するようなさもしく虚弱な精神は論外としても、お金がすべてと化したかのような世で、金欠状態がトラブルの背景を為す場合が多いだろうから、これはもう深刻だ。

いまや日本の未来を語る上で欠かせないキーワードが、貧困化となってしまった。
あの豊かだった日本は一体どうなってしまったのだろう。

荒波に翻弄される小舟のように、家庭は揺れに揺れ共振してゆく。
日本という船自体がグラグラ揺れる。
いつ果てるともない船酔いで悪寒とまらないという人は決して少なくないだろう。
海に飛び込む人も絶えない。

現状の制度では政治は機能していない。
ここ数年の変遷を見ても明らかだろう。
では制度を変えようではないか、こういった力強い声が起るだけ、まだまだ日本も捨てたもんじゃない。

もう船酔いはご免だ、と誰かが叫ぶ。
まずは、何でもいいから、この日本という船をぶっ壊してくれ、という声が伝播する。
後のことはおいおい考えればいいではないか、息を潜めた熟慮の空白の後、そうだそうだと皆が声を揃える。

そうなる土壌ができ上がってしまった。
もうそうするしか選択肢がないように見える。

見渡すと、絶望的なほど政治に人材が足りていない。
試行錯誤を経たとしても、しかるべき人物が政治に供給される仕組みを見出さなければならないだろう。
官僚の上を行く精鋭を政治に結集せねばならない。

先は見えないが、このままだとこのまま、尻すぼみだ。

混乱につぐ混乱の大変革期をくぐり抜け、日本人のやることである、いずれ雨降って地固まる。

いつか近い将来、花鳥風月を愛で、先祖敬い情けある、奥ゆかしい国日本が、盤石となってまた姿を現すに違いない。