KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

王冠を戴く

7,8年前だろうか。
前髪の生え際にハゲができた。
子の「パパ、やぶれてる」という指摘で気が付いた。
見れば、生え際が一部欠落している。
しかし、その時点ではこの後どうなっていくかなど、一切気にも留めなかった。

生まれつきの剛毛である。
散髪屋のおじさんのシャンプーする手が痛いのではないかと案ずるほどだった。

ハゲは風林火山のごとくたちまちのうちに燃え広がり、剛毛は瞬く間か細くなって、なぎ倒された。
あちこちが焼け野原となった。
当初それでも戦火免れた地域の髪を横たえ、露出した地肌を覆ったのだが、風が吹けば桶屋が儲かる、マリリンモンローのスカートまくれるみたいに秘したい部位が露となった。

木を隠すなら森にという言葉もある。
コソコソしても仕方ない。
ある夜、決意し洗面台で頭髪をすべて剃った。
自営業なので、会社の規律に違反する髪形だとか心配する必要もなかった。

カラダが分厚かったせいか、やや強面の雰囲気が漂った。
子らは、パパが幼稚園に迎えに来るのを嫌がった。
仕事のお客さんらは、すっきりしたね、と反応する程度で大して気にも留めていない様子だった。

原因は特定できないが、はっきりしている。
働き過ぎと仕事の重圧による神経消耗である。
血流は脳ミソをぐるぐる巡るだけ。
ストレスで血管は細くなり、剛毛は兵糧攻めに晒された。

時に会社の命運を左右するような業務に関与する場合がある。
駄目元とか適当にとかといった姿勢では絶対に取り組めないし、はたまたガッツで乗り越えようとか、何とかなるわいさといった、理詰めの見通しを欠いた態度も許されない。

そのような業務をこなせるようになったおかげで依頼は増えるのだが、神経やられるほどの苛酷な心的状態が慢性化してゆく。
四六時中、仕事のプレッシャーで青息吐息という状態で過ごすことになる。
数が増えれば増えるほど、複雑さは増し、稼ぎは増えるが、心のバランスは崩れて行く。

カラダが危機に際し、何らかの信号を発するのも当然だった。
人により、症状としてアトピー性皮膚炎が出る場合もあるし、脱毛が発症する場合もある。
私の場合は、脱毛だった。

最初はアラを目立たせないよう剃っていたが、そのうち、その必要もなくなった。
髪の毛が全く生えなくなった。
おまけに眉毛もそげ落ちた。

2,3年で業務能力が著しく増したのだろう、それにつれ、幾箇所かに春が訪れ、所々、髪が生えてきた。
今では仕事において、量が多くて重苦しく感じる場面はあっても、書き損じ一つで重大事を招くといったようなハラハラドキドキのストレスに苛まれることはない。

ハゲた当初はたじろいで小細工しようとしたけれど、仕方ないと腹が決まった後は、それを隠そうとは思わなかった。
一心不乱に仕事に取り組んだ証、戦傷である。
だから、絶対に恥じたり、コソコソしたりするようなことではない。

子らは、パパ、可哀想な人みたいやと頭髪を指して言うけれど、勲章なのである。
王冠を戴くようなものだと、高らかに宣いたい。
ボロは着てても心は錦。
ちょっと違うか。