KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

父子三代、本読み人の交流

外回りを終え、夕刻まずはひとっ風呂。
スチームに入り沈思に耽る。
10月からさらに忙しくなる。
お酒飲まない分、夜に時間がたっぷりできた。
その時間を仕事に充てよう、などとつらつら考える。

湯船では、背中一面描かれた夜叉の紋紋背負う親分の肩を、体型も紋紋も一回りも二回りも小さい子分が一生懸命揉んでいる。
湯船から上がると、カランの椅子を子分がちんちんぶらぶら丁寧に洗い、親分を迎える。
誠心誠意仕えている様子がありありと見て取れる。

一のつく日は老人割引の日のようでご高齢の方が目立つ。
思えば、うちの祖父も風呂好きだった。
身ぎれいにしていないと落ち着かないのだ。
だから散髪も好きだった。
毛がほとんどないのに、晩年、病院抜け出してさえ散髪屋に行くくらいであった。

こざっぱりすることを最上とする祖父であり、これは父も私も同じである。
風呂と散髪は、男の身だしなみの基本部分を為す、それが我が家のダンディズムなのだ。

君たちの歳の頃、週末になれば祖父の家を訪ねたものである。
祖父はいつも決まってすっかり褪色し古びた和綴じの書物に向かっていた。

一体何を読んでいたのだろう。
今となっては、それら書物は跡形もなく、祖父がどのような内的世界にたゆたっていたのか知る術がない。
晩年、病院で過ごすようになった際、祖母が根こそぎ捨て去ってしまったのだ。

金儲けに無頓着な祖父とは対照的に祖母は旺盛な馬力で最後の最後まで働き詰めだった。
草を食むように静か書物に向かう祖父にとって、祖母は草原に突如現れるティラノサウルスみたいなものだったかもしれない。
幸福な静寂は破られ蹴散らされ、命すら狙われるような思いで息を潜めて身構えて、となれば、おちおち本などにうつつ抜かしていられない。

そのようであった祖父が一体何を読んでいたのか、もはや全く知ることができない。
返す返す残念なことである。

祖父が亡くなったとき、父は46歳だった。
私はいま43歳であり、父が70歳。
父の蔵書は、大半が父の手により処分されたようだが、大事な部分はちゃんと残っている。

君たちも、どうやら本について、相当な好き者に育ったようだ。
一人前の本読み人となった君たちもいつかじいちゃんやパパが何を読んでいたのか、関心そそられるに違いない。

ティラノサウルスから何とか守り、できるだけの本を残そうと思う。
合コンでモテる方法といったような、なんじゃそりゃ、というミーハーな本ほど、ページ通じて在りし日の我々の姿が君たちの胸に蘇りやすいかもしれない。
ずっと先の先、ある日暮れた秋の夜長、そのような交流があると思えば、何とも幸せである。