KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

国道二号線を歩いて帰る

日没後、冷え冷え寂々の夜、国道二号線を辿って帰途を急ぐ。
徒歩だと見える景色が一変する。
始点となる野田阪神交差点に一束の花が供えられている。
クルマなら一足飛びで見逃すだけである。
今か昔か誰かがそこで不幸に見舞われたのであろう。
西へ向う。
うどんの名店やとう、その向いに塩ラーメンで有名な無限がある。
そこを過ぎると中海老江の交差点。
右手には数カ月前、暴行を受けた男性の死体が遺棄されていた高架がある。

まっすぐ進み橋長700mの淀川大橋を渡る。
南側、漆黒を背後に阪神電車が光の列となって交差する。
川面に映りゆらゆら揺れる。
吹き抜ける風が凍るような水の匂いを運びあたりを更に冷え冷えにしていく。
北側には十三大橋。
渋滞している様子が分かる。
クルマのライトがゆっくり移動する。
右後方には、大阪の中心を為すビル群が煌々とそびえ立つ。

歩くほど寒さが増して行くようだ。
野里の交差点を越え、歌島橋の交差点に差し掛かる。
右手には数年前二人が刺殺された現場があり、左手には虐待で男の子が殺された現場がある。
プロレスごっこをしていて動かなくなったと両親は口を揃えて説明した。
御幣島の地下道をくぐって地上に出て進むと、陰惨な女児虐待事件があった付近に近づく。
西淀川警察の前を通り、神崎川を越える。
毎年のように死体が河口に向かって流れ着き一騒ぎ起こる川だ。
佃島を過ぎ、続いて左門渡川を渡ると尼崎になる。

昔、ここにはアーバン温泉があった。
何度か通った。
暗めの照明が心を鎮め疲れを癒すなかなかのスパであった。
そのまま進む。
左手には床下に死体が数体埋まっていた民家がある。
杭瀬の交差点に迫る。
右手にある木造アパートで焼死事件があったのは2年ほど前のことだったろうか。
すぐ左手の公衆便所ではついこの間身元不明の自殺者があった。

そのまま西へ西へ進む。
最近連続変死事件でかまびすしい東長洲の交差点を通り過ぎる。
右手に折れれば尼崎東警察やJR尼崎駅まですぐの距離で少し足を延ばすとアマ湯がある。
かれこれ十年来私の疲れを癒してくれた場所だ。
セカンドホームとも言えるほどお世話になってきた。

二号線沿い、尼崎南署を過ぎ、知人の関係者が数年前飛び降り自殺した現場を見上げる。
途中、左に折れ阪神尼崎駅までのアプローチを進む。
街灯の暗がりにミニスカートをはいたおじさんを見かけるが気付かない振りをして通り過ぎる。
駅前ローターリーではおじさんがチャリンコにまたがったままアメリカの陰謀について大声で国民に注意を促し、その向こう側で若者が自作の歌を熱唱している。
冷え込むなか公園の植木の周囲に腰かけ何やら話し込む人影が目立つが、誰も演説や歌には関心示してないようだ。

広域に渡る放火事件があった地域を右前方にみて、中央商店街のアーケードに入る。
パチンコ店の軽快で賑々しい音が漏れ聞こえる。
うどん屋のだしの匂いが漂ってくる。
少し寒さが止む。
ネオンがど派手に瞬く関西屈指の歓楽街が左右に広がる。
泣く子も黙る尼崎の中心地だ。

しばらく行くと枡千が角に姿を現す。
名店である。
立ち寄って全種類買う。
ここはお味が違う。
その昔放火殺人事件があったスーパーの跡地付近を通る。
この近くで、先日誰かが刺殺されたらしい。
南北に走る三和商店街を越えると間もなく商店街は終点だ。

商店街を西に抜けた場所に銭湯がある。
一度入ったことがある。
たまたまタイミングが悪かったのか、腕っ節の強そうな、破壊力抜群な雰囲気のお兄さんらが何人もいらして、湯上がりカラダも拭かずに退散したことを思い出す。
二号線をさらに西へ進む。
驚天動地の児童暴行事件があった地域を左手に過ぎると間もなく西大島の交差点に到る。

ゴールまでもう一息だ。
前方に武庫大橋の灯が見えてくる。
その向こう側に六甲の山の輪郭が闇夜に浮かび、右手には宝塚の市街が輝く。
全行程12km強。
結構な距離である。

普段鼻歌交じりに通り過ぎる道一つとっても凝視すれば無数の修羅の跡がうごめく。
そこかしこ生身剥き出しの人間が交錯し血がたぎり激情が爆ぜる。
ネオンの光すら届かぬ物陰に血腥い真実が無言で横たわる。
一寸先は闇。
ご用心ご用心。
どこであれ一皮めくれば不可視の深淵がぽっかり口を開け生け贄の到来を待ち構えている。