KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

キングコングの心の空席

冬至の頃、夜の時間が一年で最長となり冷え込みの度合いがグッと増す。
銀杏の枯れ葉が寒風で飛び夜道に渦を巻く。
人恋しさが募り寂しさの蓋が開きそうになるこの季節、クリスマスはおあつらえ向きの行事であるが、日本人であれば柚子湯につかって「凍え」を癒す。

家のお風呂に柚子を浮かべ、二男と湯につかる。

仕事納めまで残すところあと一週間。
残日数が僅かとなり差し迫った気分に陥りそうなときは、日数幅を最大限活用し、言い換えればストライクゾーンを広くとり見通しよく朗らか過ごすに限る。

7日間というストライクゾーンがあるのに、インコースの3日だけで勝負つけようとしてしまうと、つい肩に力が入り制球が乱れる。
そのまま悪循環に陥る。
この仕事の性質上、つまり精神的なコンディションが仕事の成果と大きく相関する仕事なので、一度秩序が乱れると、にわかには復元しない。

無理をするより心身のケアを施しつつ「小さく着実に毎日こなす」方が、結果的には仕事がはかどり成果が大きい。
風呂で二男がする話、「課題が終われば先生が雑談すると言っていてみな頑張って仕上げたのに、雑談どころか次の課題を出された、先生はウソつきだ」を聞きつつ、何とか一年最終週の見通しも立ち心穏やか、ひととき弛緩の幸福に浸るのであった。

二男に観せるつもりで持って帰ってきたキングコングについて湯船で語る。
ナオミ・ワッツ主演のあの名作である。
全てのシーンが微にいり細にいり趣向に富み、見応え抜群。
3時間という長さを感じさせない。

ブラックマンデーの余波でどん底のアメリカの描写から始まり、太平洋にある未知の孤島を経て、我が余の春のアメリカへと舞台が移り変わって行く。
凝りに凝った映像に魅了されっぱなしだ。
不況の空気、孤島がかもしだす原始的な恐怖、好景気の絶頂感と華やかさ、それぞれ異なる背景が映画を豊かに彩る。

そしてナオミワッツの美しさが全編を通貫する。
全てが取り揃えられた山盛りの映画、手に汗握りハラハラドキドキ、息をのむようなシーンも少し照れるシーンもあって家族みなで楽しめる、これぞ娯楽中の娯楽という作品だ。

男子校生ならキングコングの視線を内面化しナオミ・ワッツに心奪われる。
これはもう感電死寸前と言える程に悩ましい状態を引き起こすだろう。
この手の美しさに無縁であれば、そこら界隈の現実的な実像が欠落している分、余計に靄がかかり幻想の光でひときわきらめくキラキラ。
この込み入った感情はどう取り扱えばいいのだ、学校では教わらない。

ある程度老成した男子ならここでにやりと皮肉の一つでも言うだろう。
キングコングがこの世にいない以上に、ナオミ・ワッツみたいな女性は存在しないのさフフフ。
世界七不思議の8番目がキングコングなら、全部通り越して1番目がナオミ・ワッツなのだよ諸君。
いいかい、君たち、ナオミ・ワッツだと思ったが百年目、愛しのハニー、この愛くるしいチェブラーシカこそ、その後豹変正体見たり枯れ尾花、モノホンのキングコングになるのだよエヘンオホン。
霧が晴れた向こうに現れたのは、キングコング
ナオミ・ワッツどころかナオミ・ワアア〜だ。
ぎゃー。
小泉八雲の狢を越える恐怖味わった諸先輩の屍の末席におれたちも身を横たえることになるのさ。

ここで一人の少年は言うかもしれない。
いや、ナオミ・ワッツは実在する。
見た事ある。
チェブラーシカもうちにある。

ここで皆の視線が少年に注がれる。
そうだよね、いるに決まっている。
みなの表情が一様にほぐれる。
ナオミ・ワッツキングコングだなんて頭がとっ散らかるところだったよ。
きっと自分は大丈夫だ、あんたは知らないけどねというてんでばらばらで利己的な安心感が広がって行く。

そうそう、たった一回のこの人生、一人でも多くの健全な男子らのもとに、たとえサンタは来なくても、このような出会いの僥倖が訪れますように。
目を慣らす上でこのキングコングDVDでシミュレーションしておくことは無駄にはならないだろう。

世間では3連休初日だが、奈良、高槻とまわり無事事務所に帰還したところである。
どこもかしこも渋滞でやや疲れたけれどラスト7連戦の立ち上がりとしては上々だ。
子らとキングコング観る時間は当分ない。
仕事の緊張がまだまだ続く。
ナオミ・ワッツなど夢のまた夢である。