KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

生涯の友達と出会う春

男ばかりで食事を終えロイヤルホテルのバーでクリスタルを分け合う。
全力疾走する仕事仲間らと過ごす静かな時間、シンプルな甘味がささくれた心身にじんわり沁みる。
皆ヘトヘトでいつにも増して口数が少ない。
表情は緩めだが一様に黙って過ごす。

60歳の男性に聞いた話を思い出す。
30代の頃、早く40代になりたかったという。
男の黄金時代が40代だと信じていた。
しかし気付けば60歳。
黄金時代という駅などどこにも存在しなかった。
いきなり終点、一息つく間もなく老境に差し掛かり、しかし精神年齢の方はまだ30代、玉手箱を開けたとしか思えないようなギャップに愕然とする。

私も同じようなものかもしれない。
この稼業について幾年月。
この歳になってもまだまだスキルは向上し経験値も増すばかり。
仕事のスピードもかつての何倍にもなっている。
しかしその分だけ時間の経過は急激で、このままいけば気付いたときには60歳といった風なのだろう。
私も禁断の玉手箱を開けた口に違いない。

それでも、もっと向上しようという気持ちが止むことはない。
のろのろ進む各駅停車ののどかなペースを思慕しつつ同時代の男子同様ブッ壊れるまで突き進む突貫列車の一員となってしまったようなものかもしれない。

先日、顧客に付き添いある著名な弁護士先生を訪れた。
その先生の頭の回転や論旨の明晰さに感嘆した。
それだけではない。
人を安心させ信頼を得る話力、支離滅裂な話を要所要所的確にまとめあげ整理する問題の把握力など、弁護士という人種はなんて頭がいいのだと恐れ入るばかりであった。
少しでも自らの学びにしなければならない。

外はまだ雨が降り続いている。
それぞれタクシーに乗り別れる。

新聞を読む時間すらない。
ちょっとお愛想程度ブログでも書こうといった非稼働に戯れる時間が全くない。
注文の絶えない厨房で、まだかまだかという声のなか百通りの料理こなす寡黙なシェフみたいなものである。
無駄口たたく暇があったら体動かせ手を動かせという世界だ。
看板の時間となれば横になってカラダを休めるだけとなる。
そして365日ニワトリよりも必ず早く開店し仕事を始める。

今週は長男の受験の天王山であった。
たかが中学受験、などとても口にできない。
合格か不合格か、二つに一つ。
お情け入る余地のない、エゴがカラーンと音立てるほどにドライな世界。
怖気走るほどに切なく過酷な生き残り合戦というのが実相だろう。

ついこの間までサルだったのに、もう中学生となる。
受験という涙ちょちょぎれるような真剣勝負の場を見事切り抜け、大人へと歩を進めることになった。
ああでもないこうでもないと父が言う時期はもう終わったようだ。
振り返れば、君はとても充実し濃厚な小学生時代を過ごした。
孤独なモノローグを通じ、君の目障りにならない程度にはするけれど、少しでも多く記念碑ともいえる記憶を留めたいものである。

小学生時代の特筆すべき記念碑の一つはラグビー兵庫県大会で優勝したことだろう。
誰もあの強豪伊丹に勝てるなんて思っていなかった。
大人も子供も誰も彼もが勝てるなど思ってもいなかったし、「絶対勝つぞ」という声をあげることすら冷笑浴びそうで憚られる状態であった。
しかし、そんな冷笑などカエルの面に小便と意に介さず、絶対に勝とうとコーチらは声をあげ続け、主力選手らは少しでも強くなろうと朝に夕にカラダを鍛え上げ続けた。
君も勉強などそっちのけでラグビーにのめり込み、フォワードとしての迫力をどんどん増していった。
結果、大方の予想を覆し、あり得ない程の出来映え、かつてないほどのチーム力を発揮し、いままで勝つと望む事すらできなかった相手に圧勝することができたのだった。

この過程で君は貴重な思想を身に付けた。
思想といっても、頭でっかちな話ではない。
笑われようがコケにされようが強くなるのだという心の真ん中に備わる態度のようなもののことである。

口で教えて身に付くことではない。
だからラグビーのコーチは君の恩師である。
君を見出し、励まし、強くなるよう導いてくれた。

最終学年は勉強に打ち込んだ。
関西の最難関のレベルとなると、これはもう半端な戦いではない。
私の頃とは比べものにならない。
物心つくころから準備し仕込み、親が手を焼き世話を焼き、時間かけて受験に備えるのが当たり前の世界である。

出遅れたのではないか、と慌てふためいた。
おまけに私程度のDNAであれば小型エンジンでサーキットを走らされるようなものである。
それでよくぞ完走したものである。
誇らしいほどに立派なゴールを切った。

関西中学入試では、統一日と称される日を皮切りに一週間足らずの期間に入試日程が詰まる。
前半戦で合格を得られず後半にもつれると生き残り合戦の凄まじさは倍加し、競争の熾烈さ残酷さが増して行く。

長丁場となるリスクを軽減するため前半戦のハードルを下げればずいぶん呼吸が楽な戦いになるので、苦労はさせたくないとリスクを回避する親もある。
その一方で不完全燃焼のくすぶりが残らないよう、ちゃんと決着つけさせるためキリキリとこめかみが痛むような不安のなか、戦いに臨む小さな背中を見守ると決める親もいる。

しかしどちらにせよ結果は蓋を開けるまでは誰にも分からない。
本意叶ったとハッピーエンドで終わるのか、もっと強くなるのだと唇噛みしめるような決意促す厳しい結果に至るのか。
結果は一発勝負の試験の出来栄えひとつにかかっている。
一点差であろうが、当日に体調不良であろうが、身内に不幸があろうがそんなことお構いなし。

試験の朝、寝ぼけつつ「試験簡単やったで」という君の言葉に私は胸が詰まった。
夢の中まで戦い、そしてその戦いは夢ではあっさり終わったのかもしれないが、本番はとても簡単だと笑えるレベルであるはずがなく、まさにこれから始まろうとしているのだ。

たいへんな緊張感のもと重すぎるほどの時間を過ごした家族が大勢いたことだろう。
いまもこの時間、悲痛な思いで過ごす家族もあるはずだ。
その一方、どこぞの塾のように三冠達成やら五冠達成やらトロフィーまで用意して年端もいかない子を乗せ親までその気になり、志望校に受かった後まで「合格の勲章」集め続ける方々も絶えない。
悪趣味もほどほどにした方がいい。

他の家族同様に、我が家も重圧を免れることはできなかった。
遠征地を転戦するみたいに家族4人で過ごしたクルマでの移動の時間は一生忘れられないはずだ。
不安感や安堵感が寒流や暖流のように目まぐるしく渦巻く時間。
そこに家族がいるから持ち堪えることができた。
家族が一体であり、堅い結束の単位であると肌で感じる時間でもあった。

そして合格発表の喜びは、これはもう言葉にできない。
最後まで真剣に向き合い親身かつ緻密にサポートしてくれた能開センター上本町校の先生方に感謝である。

しばらく経って振り返ったとき、母の機転と力添えがこの合格にどれほど大きなウエイトを占めていたかにしみじみと感じ入り、どこかの路上でハタと立ち尽くす君の姿が目に浮かぶようだ。
もちろん君自身の努力があってこその話である。

少々のことではへこたれず、前に向かって行く態度を一度たりとも崩さなかった。
得点力をあげようと試行錯誤する過程で君がノートに綴ってきた数々の仮説には苦しいような心情が通底していた。
背丈ではないけれど、君自身の成長を証す貴重な柱の傷のようなものである。
大事にとっておくといい。

目を上げれば生涯の友達たちと相まみえる春がすぐそこだ。