KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

よっ久しぶりマインド(その2)

電車で帰る。
podcastでニュースをまとめて聞く。
気になるトピックがあればネットで記事を検索しチェックする。
本や専門誌にはざっと目を通すけれど、新聞を読む事もテレビを見る事もほとんどなくなった。
家でも新聞を取らない。
週刊誌のアホすぎる見出しや精力剤の広告について子に質問されても答えようがない。
はしたないほどの好きモノですら日常口にしないような単語が活字で踊る。
そんなことはひっそり人しれずやってくれという話である。
ニュースなどはiPhone一個で事足りる。
その方が対比的多面的に情報も得られる。
忙しい身にはとてもありがたい、便利な時代になった。
知識追求する上で、あれ何だっけ?とモドカシイ思いをすることもiPhoneによってめっきりなくなった。
君たちの勉強の強い味方にもなるに違いない。

帰宅し寝室をのぞくと、深夜に差し掛かろうとしているのに子ら二人がダブルベッドに行儀よく並んで読書に勤しんでいる。
何とも心安らぐ光景である。
私も忙しいが長男も二男も何やかやと忙しい。
(家内はさしずめ我が家の遊撃手といったところか、男衆三人の世話とバックアップで七転八倒の日々だろう。)
やっと訪れた週末の夜、安息の時間を読書で過ごす。
二人にとって満ち足りた時間であることだろう。

2分の1成人式なる行事が学校で行われるらしい。
今年は二男の学年が該当する。
二男が生まれてたった10年しか経っていないというのが信じられない。
私の人生の4分の3が二男不在の時間だったなんて。
もっと古くから知っていたとしか思えない。

家で映画観ているとき急に産気づき、夜半慌てて赤のオペルバルナバ病院へ向かった。
その明け方、元気のいい産声あげて二男が現れた。
ごっつい体躯で、立派な髪形であった。
2002年、日韓共同でワールドカップサッカーが開催され、長引く不況が一時的に回復する兆しを見せた年のことであった。

丸々としてお茶目な子だった。
他所様にはどのように映ったか知らないが、我々にとっては何とも愛くるしいプクプク感であった。
長男に続き二男がやってきて、我が家ににぎやかで明るい二筋の光が射すことになった。

2分の1の成人と言っても、精神性はそこらの洟垂れ二十歳よりよほど上出来だろう。
親の欲目ではなく、男子女子問わず誰からもおぼえ愛でたい存在として聞き飽きるほどにどこでも評判だ。
「よっ久しぶり」と君が率先してあちこちで声をかけ、仲間の心を和ませると噂に聞いた。
素敵な少年になったようで喜ばしい限りだ。
いつの間にぷくぷくのお茶目くんが、頼もしく凛々しいばかりの少年に変貌したのだろう。

どんな家庭も神話的構造で語ることができる。
我が家の場合は、あの一大叙事詩天才バカボンの神々がそのまま当てはまる。
パパはバカダ大学出身だし、バカボンの着物が長男ほど似合う逸材もそうはいまい、そして二男は天才はじめちゃん。
その良識によって我が家の調和が安定的に保たれている。

まだたったの10歳だが、時間の経過は加速度的だ。
うちの家系の傾向として、10年ひとくくりでせいぜい8セット分くらいの球数しかない。
じいちゃんは70歳である。
大半が過ぎた。
私は43歳。
半分過ぎた。

その昔、ジャックという映画をこれまた旅先のイギリスで観た。
主人公ジャックは、普通の人の4倍の速度で老化する。
高校の卒業式、ジャックがするスピーチに号泣である。
友人たちが20歳足らずのなかジャックは実質80歳の肉体になっている。
瞬く間に過ぎる時間のリアルがこれほど身に沁みるラストシーンはない。
必ず一度は観ておかねばならない。

建築家や事件記者、獣医や宇宙ロケット博士など、種々抱負は漏れ聞こえてくるけれど、御曹司でないことだけはハッキリしている、この先どのような仕事に就くにせよ、しっかり勉強して力強く奮闘する日々を過ごしてもらいたい。
それに加えて、心から励ましあってエール交換できる友達も大勢いた方がいい。

もしかしたら二人の息子のうち一人くらいは父の仕事をバージョンアップして継承することもあるかもしれない。
悪くない仕事である。
もちろん、根性いるし、面の皮も厚くなくてはならないし、鋼のような勤勉さも必要だ。
でも、どんな仕事だって一緒である。
晴れて引き継げるときまで、不死身の橋となって持ちこたえることにする。

寝入りばな、youtubeでSUPER JUNIORのSorry,Sorryを観て、パワーを内に引き込む。
楽しく元気な気分になるのに韓流はかなり効く。