KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

中学受験を振り返って(20年前の再会)

ちょうど私たちが大学を卒業した直後だっただろうか、33期の仲間が一人事故で亡くなった。
33期最強の人物の一人であった彼が亡くなるなんてとても信じられないことであった。

方々に散っていた同期生達が通夜に駆けつけた。
久しぶりに見る顔ばかりであり、ぎこちない感じで互いの近況などを知らせ合うような雰囲気となる。

焼香を終えた後、一緒に過ごしてあげて下さい、と彼のお姉さんに声をかけられた。
そのシーンをたまに思い出すが何もかもが明瞭だ。
あの当時、私はあまりに未熟すぎて状況把握ができなかった。
皆に声をかけ、さああがってひととき過ごして帰ろうと先導するべきであった。

しかし、相当期間ブランク空いた顔合わせであり要領つかめないまま、何となく皆が進む方向に付き従い当時流行のモツ鍋屋で集合することになった。

私は若く愚かで、通夜というお別れの場では、そこにできるだけ留まって食事するなり思い出話にふけるなり、そこで一緒に過ごすものなのだという当たり前について無知であった。

20年経ったのち同窓会を開催し、半数近くの仲間が集まった会場に彼のご両親をお迎えできた。
その日、遺影や思い出の品をお持ちのご両親と語らいの時間を持てたことで、やっとちゃんとしたお別れができたのかもしれない。

思い出すと胸が詰まるばかりで、語る言葉を見つけることはできない。
ただ、当時の仲間がいまなお健在で、たまに喧嘩などあってもほとんどは平穏無事互いに交流し、時折は三々五々集まってお酒酌み交わしわいわい語り合うことができる、これは本当に幸福なことであり、かけがえのないことだと強く思う。

そして、それぞれが厳しい実社会で揉まれ年輪を重なるみたいにその懐を広げ、当時に増して交流がいぶし銀の味わいとなり、この先も各々のストーリー展開から目が離せないという、何と豊かな人間関係が取り結ばれている事だろうと、集まる度ごとしみじみと思うのであった。

つづく