KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

口と財布は開けたら損々?

夕刻になり雨足が強くなったようだ。
春めいた明度は保たれつつも窓外の視界が雨滴で滲んだようになる。

差しで向かい合う初老の男性が言う。
先生、いつも勢いよく打てば響くというのも考えものですよ。
性格の良さでしょうが、先生の場合はいい返事をして何とかしてあげようとし過ぎるきらいがあるのではないでしょうか。
いつか自分の首を締めることになりかねません。
返答をぼやかしたり、敢えて返事を先延ばしにしたり、間合いをずらすような対応も大切ではないでしょうか。

生き馬の目を抜くような業界での管理職経験が長いだけあって、言葉に重みがある。
仕事の打合せを終えた後の雑談が講じて老婆心からこちらにアドバイスをしてくれているのだった。
男性自身、もともと気のいいタイプで、嫌と言えない性格であったという。

相手が話し終える前であっても、自分の役回りを察知すれば最後まで話を聞かず、こうします、ああします、お任せ下さい引き受けましたと自ら即答する。
誰かがお金で困っていれば、その様子を察して、いくら持って行け、とこちらから助け船を出す。
そのようにして、一度切った口と違う口を利く事もできず厄介事を抱え、感謝されることの希薄な貸しを多く作ってきた。

あるとき気付いた。
気が利いた風に見えて、気安く口火を切る行為は自分の行いの値打ちを下げるだけではないか。
率先してお金を渡せばその金額の重みがなくなり、求められる行動を先取りすれば労多くとも感謝されない。
何しろ、言われる前に頼まれる前に自ら進んで「勝手」にやったことなのである。
目敏い人間からすれば、企んだ通りに仕向けて思いのまま操縦できるまことに都合のいい組みしやすい相手としか見えない。

誰かと対峙し、答を留保する耐久力がないと軽く扱われる安っぽい人間に堕してしまう。
相手の望む答が手に取るように分かり、それができたとしても、決して自ら進んでそれを口にしてしまうのではいけない。
口と財布は先に開けたら損なのだ。

相手が、それを言うまで、待つ。
言われてから更に咀嚼吟味して、では、と対応する。
もしくはその頼み方によっては拒絶もあり得る。

何も勿体ぶる訳ではない。
いい人というのは順番を取り違えがちだし、主導権を安易に手放し過ぎる。
その自戒を込めればこそ、「すぐ」には反応せず「矯めて矯めて」から対応する、という心がけが肝要となるのだ。

そのような話を聞きつつ思い浮かべる。
研修などで元気よく大きな声で「はい」と返事するよう慣らされた新入社員らなど百戦錬磨の統率者からすれば赤子の手を捻るようなものだろう。
あまりに若い彼らに対しては余裕持って観察することができる私も、違う視点では同じ類比で捉えることもできるわけである。
ついつい、まずは勢いよく、はい、と返事しそのまま調子づいてはいはい何でも言うことを率先して聞き入れる順応態勢に入ってゆく傾向がないではない。

一度はい、と返事してしまうと、いいえと言い換えるのに百倍の労力を要する。
労力だけでない、信用にも傷がつきかねない。

使い勝手のいい二等兵風情の役回りに好き好んで収まる訳にはいかない。
この春は早速、ちょっとこいつ頭がトロいんか、という程にテンポとリズムを外して返事音痴を心がけてみよう。
何でもモノは試しである。

今日の夕飯は焼肉亭の高橋だと家内から連絡が入る。
はいと二つ返事で二男を迎えに行き、真っ直ぐ現地に向かう。
今夜の運転は私の役目だ。
ほっぺこぼれる焼肉群をノンアルコールビールで流し込み、締めはこってりテールスープ。
済州島風のマッコリは、今度カネちゃんと来た時の楽しみに取っておこう。