KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

野球道具を子に買うことには深い意味がある2

(3)
酒場で「ぼく達はどうやって生きていけばいいんですかね、お先真っ暗じゃないですか」と酔って絡んできた遠縁の青年を思い出す。

そんなことは10代で考えその土台を作る訓練と心の準備はとっくに始めておくものだろう、とは内心思いつつしかしそうとは言えず、人生、先は長いじゃないか、これからじっくり考えていけばいい、未来はめぐり逢いに溢れ、バラ色に決まってるさ、といったイージーな楽観論を語った。

酒の場で身も蓋もないほどマジで答えるのもデリカシーを欠くだろうと思ったのであった。

「ぼく達はどうやって生きていけばいいのですか」
そう問われたら、アイスマンならどう答えるだろう。

どう息すればいいか、とか、どう歩けばいいか、と聞かれても答えようがなく困るように、不問であるような話であろうから、死にたいのかと真意察して野生の流儀どおりその場で成仏させてくれるかもしれない。

虚像まみれで勘違いしやすいけれど、サバイバルにおいては、今も5300年前も本質は同じであると、青年の両親は彼に教えるべきだったのだろう。
少なくとも赤の他人に答えを求めることではないはずだ。

胃から発見された寄生虫から判断してアイスマンは慢性の腹痛に悩まされていたはずであり、腰も悪かった。
それでも生き延びるため野生のヤギやシカの肉を食べ、アルプスの山のなか3000メートルの高低差を走破する。

たった一つ、本当に大事なことがこのアイスマンの最期の数時間から汲み取れるのではないだろうか。

(4)
GWのある日。
尼崎に新しくできた温泉みずき湯に早速入ってきた。
炭酸泉の気泡に肌が包まれる、よく分からないが確かに気持いい。
カラダを動かすと気泡がはじけ、新たな気泡がさらに肌を覆う。
ナノ水のシャワーがとても柔らかで、まるで暖かな霧を浴びるかのよう、アホ面さらして忘我となる。

近所にすこぶる快適なリフレッシュ施設がまた1つ増えた。
何と喜ばしいことだろうと思いつつ、近隣の昔ながらの銭湯のことも頭に浮かぶ。

帰途、阪神電車を降り甲子園筋を北上していると、長男が前からチャリンコで向かってくる。
ららぽーとにレゴを買いに行くという。

二、三言葉を交わして、じゃあなと別れる。
ららぽーとと言えば、かつて思い立って野球道具一式を買いに走ったことがあった。

当時、長男が小学生になる頃、二男は年中さんだった。
ある日の夜、電車に乗っていて突如として君たちが野球をする姿が思い浮かんだ。

駅でタクシーに飛び乗り、ららぽーとに駆けつけ真っ直ぐスポーツ店に向かった。
グローブにバットにボール、そこそこ値の張るいいものを見繕って買い込んだ。
父親であればもっと早くにちゃんとした野球道具を買ってあげるべきであった。
父として誰もが果たさなければならない必須の役目なのである。
アイスマンなら作り方を教えることなのかもしれない。
野球道具をどっさり抱えて帰るときの幸福感といったらなかった。

つづく