KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

腕白坊主が母の日にした贈り物2


クルマでiPhoneに保存してあるpodcastをBTで流す。
福島原発事故についての話が印象に残る。

管総理は3月15日早朝5:35に東電本社に乗り込んだ。
福島からの撤退を申し出る東電幹部に対し憤激し強く語った。
「逃げようとしたのはおまえか、おまえか」と一人一人を指差す。
「当事者が撤退するなど許されない、炉を放置するなど絶対にさせない、死を覚悟して全員現場に出動してくれ、私も行く」
東電が福島から撤退するという最悪の事態は管総理が立ちはだかったことで回避された。

そして、原子炉建屋が次々と爆発するなか事故の復旧にあたるため現場に留まった人たちが実際にいたのであった。
まさに、死と背中合わせ、もう生きて帰れないと踏ん切って現場で責任を果たそうとした人たちの心情を想像してみる。


もし、目の前で助けを求めているのが我が子や家内であれば、他の方策を考える前に、何の迷いもなく飛び込むのだろう。
そこで一緒に波に抗い死力振り絞って何とか浮かぶ瀬を見出そうとするに違いない。
目の前で溺れているのが友達だったら、水流の猛々しさに震え躊躇するかもしれない。
それが赤の他人だったとしたら、ここは守備範囲ではない私には守るべき家族がいるのだと狼狽え、手立ては講じつつも傍観するしかないだろうか。
付け加えねばならないが、私が溺れているなら、身を賭しての助けは無用である。
手を振って見送ってくれればいい。

身内であればあるほど我が身捨てるほどに一蓮托生的な関係となり、その反対であればあるほど対岸の火事を見るように、自己責任だ、その人の運命だと、あずかり知らぬという態度となりがちなのが人の性なのだろう。

そこでまた考えてみる。
もし、自分自身が、単に通りかかったというのではなくその場の責任を負う立場であり役を担っているのだとしたらどうだろうか。
役目を果たすため、命危うかろうが、飛び込むのだろうか。

えっ、おれ?と周囲見渡し自分を指差しながら、そのように役割に殉じなければならない状況もあることだろう。
そこで逃げたら、あとは何をどう弁解しても、何をしても覆しようのない、末代まで罵られる永久ルーザーとして余生を送らなければならなくなる。
それ以上に、良心の咎めは、さぞや大きいことだろう。


結婚して家族を持つというのは、重い事であると分かる。
制度と儀式によって、まるで足に重しをつけられるようなものであり、もしこの重しがなければ、どれだけ軽く、円転滑脱自由自在な毎日だろう。
女性にありがちなああであったならこうであったならという空想の機会損失がうずたかく積もることもない。

家制度の残滓からきれいさっぱり解放され、個としてがっちり確立した自我を有する域に達すれば、結婚やら親族といった生きるための補助機能はますます不要となって、しがらみなく清々しいほどに一期一会を満喫でき、ビュッフェで皿に盛るように多岐にわたる交流を取り結べ、その方が人生は軽々として楽しいのかもしれない。

ミラン・クンデラは「存在の耐えられない軽さ」で重さと軽さを対比し描いた。
軽さの虚無と重さの意味が物語を通じて熱い湯のように染み入ってくる。
重さが人生に付与する価値をしっかりと感じることができる小説である。

抽象的すぎるかもしれないが、重さと軽さという切り口が答えを導いてくれそうな気がする。


日本国憲法の理念のように恒久的な平穏無事を切に願うけれど、しかし時に現実は人の理想など足蹴にするほどの不作法者となることがあり、そのことから目を背ける訳にはいかない。
何が起るか分かったものではない。

強制は困るにしても、自らの役目に殉じなければならないときが絶対にないとは言えない。
平和な世界と人生を望むけれど、そうでないことも起こり得ると知っておかねばならない。
身を賭して守るべきものがある。
そのときどう身を処するべきなのだろうか。


日曜日、子らがガーデンズへ向かい、ちょうど家に遊びに来ていた友達らも引き連れて、ぶらぶらするのだろうと思っていたら、思い思い母の日のプレゼントを買ってきていた。
へたくそでぶっきらぼうな文字面だったけれど、カードに込められた大切な思いは熱い湯のように心に染み入ってきた。
もうすぐ父の日である。