KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

あきらめのついた人生終盤(その1)


待ち合わせの時刻が迫っている。
デスクの後片づけもしないまま野田阪神の駅に向う。

少し早足で歩いただけなのに汗ばむ。
蒸し暑さが居座ったままそよ風さえ吹かない。
これぞナニワ体感ともいうべきむっとするような夕刻である。

ちょうどいい具合に時間が潰れるので各駅電車に乗る。

ギュウギュウ詰めだった座席が次第にまばらになり閑散となる。
隣に女性が座っているが、こちらから距離開けて座るのも不躾であると思いそのままの場所に座す。
そして、隣の女性も動かない。
何とも気詰まりとなってきたので握りこぶし1個分くらいだけ姿勢を変えつつ離れる。

誰もいないような車両で二人隣り合ったまま電車はいくつもの川を越え西へ向う。
日はとっぷりと暮れ、尼崎の町を背景に二人が窓ガラスに映る。

青春の一時期であれば、ただそれだけのことをこれは一体何なのだと浅知恵をもって引っかき回して考え、どぎまぎするばかりで、何だか分からないような切羽詰まったような気分となったのかもしれない。
がら空きの電車に乗って見知らぬ人の真横に座るのが奇異なように、はじめから隣同士であったにしてもスペースに余裕ができれば適正な距離を保つのが通常であるから、この状態は何らかの意味を有しているのだろうか。
そしてその意味について青い頭を巡らせるということになったのであろう。
誰しもそれぞれに今や閉じられ封印された青春の諸ページがあるはずであり、そこはそのような青くさい話に埋めつくされている。

しかし私は御歳43だ。
そのような青春からはとっくの昔に引退している。
現役当時は、バットにかすっても大半は併殺打となるか自打球で我が身を痛めつけるといった打撃スタイルで自らを震え上がらせた。
生涯で2本あった内野安打も微妙な判定であり、いま思えば実はアウトであったのかもしれない。

そのように貧打であったけれど、青春のベースボールにおいてはジャストミートした瞬間の手応えは会心であっても、飛んだボールはやがて失速し必ず地に落下するのであるという真実についてはひとなみ学ぶこととなった。

失速せず無限に飛び続ける打球を追求しブンブン振り回す青年の成れの果て達も存在するようだけれど、大抵は遅かれ早かれベースボールの白球失速法則を理解し、バットを捨て振り逃げしたまま現役を引退するのである。

隣の女性が大物駅で降りる。
降車の際、ちらりこちらを見たような気がしたが、これも青春の残骸が為す幻視であろう。

現役を引退した男にボールが飛んでくることはない。
第一、もはやバットすら所持していないのである。


阪神尼崎駅に着く。
熱帯地帯かというほど、肌の露出が多い街並みとなる。
ミテミテギャルたちが、オケツ食い込むほどのショートパンツや、布きれを腰に巻いただけのような超ミニで闊歩している。

見たいなら見ろ、くらいのぶっきらぼうさで視線を集めそれをエネルギー源とするのがミテミテギャルの性質だと単純に思っていたけれど、この捉え方は外れているかもしれない。
おそらくどっかのおっさんに注視されればミテミテギャルは怒るのであろうし、そう想像すると、ミテミテと見せる相手はおっさんではなく、同性やミテミテギャル自身、と考えた方が自然かもしれない。
かっこ良さの自己像を、自らにミテミテしているということだろう。
まあ、どうでもいいことである。

駅から徒歩2分。
ここから先は足がつかない深さ、魔宮ともいうべき歓楽街が待ち受けている。
このような地区については好奇の関心を向けるのではなく、経済的事情というだけで不本意な仕事を余儀なくされる女性らの無念(なかには嬉々として従事している人もいるのかもしれないがごく少数だろう)と社会の矛盾が顕れた重々しい現実の場として、厳しい気持で正気保ち距離をおくべきだろう。

間もなく志津鮨の看板が見える。
暖簾をくぐるとすでにカウンターはほぼ満席で、奥の予約席だけが空いている。
カラダをすぼめて奥にずりずり入ってゆく。
やがて本日メンバーの4人が勢揃いとなり主宰者である岡本が小鉢コースを注文する。

ホタルイカ、ウニ、梅風味のおしんこ、バイ貝、アンコウ、サザエ、フグの白子、くじらベーコン、、、握りは、中トロ、トリガイ、ボタンエビ、ウナギ、、、、デザートは、スイカ、、、

差し出された一品一品について記憶をたどる。
忘れてしまった小鉢がある。
何を食べたのか思い出せない握りがある。
あれだけ美味しかったのにバラエティに富み過ぎて、いくつかが記憶から抜け落ちている。
あれだけの美味が、趣向凝らされた料理の数々が、忘却の彼方へと消え去ったなんてなんて勿体ないことなのだ。

神技、とでも言う他ない域のお手並みであった。

私は隣に座る谷口と、頬張る度に幼稚園のお遊戯みたいに顔を見合わせ、美味いなあと感嘆し続けたのであった。

相当なグルメであるはずの岡本やその医者仲間のあいだでもここが一押しだとの声が圧倒的で、これまたグルメである谷口もここが一番だと格付けし、高岡がそうだね、と同意する。

凄い店と出合ってしまった、とおみやげの太巻き2本を渡しつつ私は家内に言った。

さて、4人で何を話しただろうか。
うまい、うまい、と言い合っただけではなかっただろうか。
そう言えば、今井君とその美しい奥さんの話題が出たことは憶えている。
それ以外は記憶に留まる余地などない。
料理の凄さにすべて押し流されてしまったようだ。

最後客となるまでさんざ飲み食いし、そして我ら星のしるべの一味はとてもお行儀がよくタクシーで真っ直ぐ帰るのであった。

我々はみなとっくに現役を引退し家庭に納まり返っているのであった。

つづく