KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

あきらめのついた人生終盤(その2)

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翌日も飲みとなった。
ちょうど午後3時頃、クルマで信号待ちしているとシブが堺筋を北上しているのを見かけた。
まさに天使が通る。
顧問先の大社長の隣で緊張していたのだが、シブがシャバの陽射しに顔しかめ眩しそうに歩く姿をみて笑ってしまいそうになるくらい心が和んだ。
仕事の緊張も収まり、気持もほぐれた。
社長にいざなわれるまま連れられ、ミナミにてバーのツーリングが始まった。

各地で社長の仲間や知人が合流し離散し、海洋で徐々に勢力を増す熱帯低気圧のようにテンション高める酔っ払いの一団となってあちこちはしごする。

会話の流れで、尽誠がかなりいいなど寿司屋談義に花が咲き、今夜も鮨かとあきらめかけていたところ、脈絡も何もなく鳥一の名が挙がった。
熱帯低気圧においては不確実性の軍門下にあるのであった、脈絡など何の当てにもならない。

三々五々、思い思いのバーを経て鳥一に集結する。
炭火で焼く地鶏はどこまでも香ばしく唐芥子をまぶせばまぶすほどビールの旨味も増しに増し、頬張って飲み干しては、次が焼けるまでの間、焼き目の色合いに愛でるような視線を送りつつ箸休めに小鉢の鶏皮をつつく。
朝から何も食べていない状態であり、仕事の緊張で腹も空いていなかったのだが、空腹を突如思い出したかのように人の分までパクついた。
そして締めは鶏ご飯。
他の人が食べる卵とろろご飯に興をそそられながらも、これが締めなのだと言い聞かせ、そこで箸を置いた。

腹ごしらえが終われば、またツーリングだ。
部隊の後ろに引っ付き、バーを行脚する。

一時、顧問先の社長が用事で不在となり、全く見ず知らずの人の輪の中で話す時間帯を過ごすこととなった。

カウンターの左端に巨漢のおっちゃんが座り、右端に細身で色白の女性が座る。
その間に、私や本日のツーリングメンバーのカップルや一体誰なのか知らないような人らが横並びで列をなし談笑する。
誰が誰に話しかけているのやら分かりにくく名前も知らない。
難易度の高い構図である。

細身の女性が巨漢のおっちゃんの彼女であるとだんだん分かってくる。
あれやこれや質問が行き交い、それによって更に状況が飲み込めてくる。
私は巨漢の話に釘付けになっていくのであった。

その巨漢は妻帯者であるが、細身の彼女を伴いここにいる。
もちろんその人は奥さんではない。

不摂生が祟ってカラダに深刻なダメージがあるため生い先長くないという。
家族のために養生し生き長らえようという考えがよぎることはなかった。
大病を経て、家族のために生きるという考えから自由になれた。

もともとは奥さんと生涯添い遂げるつもりであった。
しかし徐々に考えが変化していった。
今や奥さんのことなどどうでもいい。
十分に責任は果たしてきた。

家族のためを思い働き詰めに働いた人生であった。
経済的に成功はしたものの、儲かったお金で奥さんがバカになった。
着物や宝石など、従業員が汗水垂らして働いても絶対に手が届かないようなものを平気で欲しがり、そして買うようになった。
バカになったと気付いて諭したけれどバカは不治の病であった。

従業員と同じ暮らしをしろと言った訳ではなかった。
事業でリスクを背負う分、儲けを先に取るのは当たり前のことだ。

しかし、奥さんは、従業員の働きが根本にあってこその経済的成功であるということが全く分からないようであった。
従業員への感謝も、夫への労いも何もない。
ただただ、あれが欲しい、これが欲しいとだけ言う人間に成り下がってしまった。
もうアホすぎて相手にもできない。

文字通り人生の終盤に差しかかり、一体何が悲しくてアホと過ごさねばならないのだ。

男だから、食うか食われるか、命差し出す覚悟で働いて、神経苛まれるような日々を過ごしてきた。
やっと落ち着いて最期に備えることができる。
そのときに、あれが欲しい、これが欲しいという会話はもうご免なのだ。

巨漢の話に一堂聞き入っている。
私は黒ビールを飲んでいたのであったが、これ以上飲むと明日に障るという酒量に達しつつあった。
タイミングをみておいとましなければならない。
細身で色白の女性はただ静かに耳を傾けているといった様子だ。

なるほど、巨漢が言うように奥さんとは対照的な人柄なのだろう。
物欲しそうな、ムッとしたような獣臭の気配が一切なく清々しく色々なことに対しあきらめがついているかのようなさっぱりした印象である。

だから巨漢は最期を彼女と過ごすのであろう。
あきらめ、というものを通じて、深い共感のようなもので二人は結び合わされている。
くどさのない、後味の爽やかな時間を彼女とであれば過ごすことができる。

巨漢にとって家族は居場所ではなかった。
長生きもしたくない。
このまま静かに最期を迎えられれば、それで満足なのだ。

つづく