KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

慌ただしい一週間1


夫にするなら星光生、そのような説があるとどこかのおばさんが言っていた。
地の塩世の光教育によってもとから善良な人間性に更に磨きがかかりますます温厚篤実で品位ある人物が育成される。
左の頬をぶたれれば右の頬も奥方に差し出す潔さと忍耐力を備え、身に付いた勤勉さと責任感と献身性は職業者となった後、一頭地抜く推進力として威力を発揮する。

それに、稼ぎがいい。

私の推定によれば、安く見積もって二人前から始まり、標準的には五人前、十人前も全く珍しくないという高収入者ばかりである。
だからといって、それでいい気になるような浅薄な精神の者などおらず、世にはその程度の稼ぎが奥様のお小遣い程度であるという、上には上がいるということを忘れない謙虚な良識を持ち、皆が皆慎ましく暮らしている。

収入の多寡で優劣競うような世知辛い輩はおらず食えるならそれでいいではないかという程度のおおらかな精神で分け隔てなく他者と接する。
赤点取るのでない限り、星光では何も問題はないのである。

だから、金で手に入る程度のものを崇拝するような俗物性からはほど遠く、だからこそ、お金に血眼になり執着するようながりがり亡者に堕することもなく、アホではないのでいくら稼いだところで食える腹には限りが有ることを熟知しており、仕事の成果やら、子の教育やら、円満な家庭やら友人付き合いといった、どちらかといえば精神的な、外側より中身といったものを大切にし堅実地道に日々を送る。

皮肉な見方をすれば、なんてつまらない奴らなのだ、とも言える。
しかし、そのような声は意に介さず、感謝の念をもって世のため人のため地味に仕事し、その態度を崩すことがない。

大洋を静かに進む見栄えしない蒸気船のようなものだろうか。
つまらないけれど、着実に進む。

それが何より一番だ、という声もあるだろう。


目まぐるしく過ぎた一週間であった。
土曜なので少しは気が楽だ。

始発を待つ間、韓流ドラマでチャンネル回す手が止まる。

お金持ちに嫁いだ娘が主人公である。
その母が、娘と娘の夫に金をたかる。
娘は幼少時からこの母に散々な目に遭わされてきた。
母にとって、主人公の弟にあたる息子は可愛いが娘は不要。
食事の際、肉は息子に与え娘には与えない。
弟は昔から甘やかされ続け、今もなお甘やかされ、ろくでなしと成り果てている。
娘の脳裏を巡るそのような回想が随所に盛り込まれ、なおかつ現在進行形で、母は娘の夫の善意につけ込み、あれこれせびり続ける。

なんと酷い母なのだ。

渦巻く感情は鳴門の渦潮を遥かに凌ぐものであり、どんどんドラマに引き込まれてしまう。
おそるべし韓流ドラマ。

赤ちゃんができたことを知らされるシーンで、夫は目を丸くウルウルさせ紋切り型も極まれリというやり方で歓喜する。
月日立ち、赤ちゃん宿る主人子の腹を、ろくでなしの弟が蹴るマネをし、それを目撃した夫が声を上げぶち切れる。

小さなカタルシス。
溜飲がさがったところで、テレビを消して出発する。

朝5時なのに涼しさとは無縁の道を駅まで歩く。
ふと、子が授かったという知らせを聞いた当時のことを思い出す。

喜びよりもまず先に、やたら重みある不安が沸き起こったことをはっきりと覚えている。

しかし、子らは「金と銀の匙」を携えてやってきた。
その恩恵なのだろう、我が家は食い扶持に困ったことがない。


大阪の東にある役所で働き始めた人の話を聞いた。

初日、自前の文房具を使おうとすると一体何をやっているのだねと注意され購買部に連れて行かれた。
これと、あれと、ああ、これもと言う風に一式みつくろってくれた。
文具は自分のを使っちゃいけない、必要なものはここから持って行けばいいのだよ、と教えられた。

出入り業者がデリバリーする弁当のメニューの豊富さとその安さに驚いた。
色とりどりありすぎて、たいてい午前中の時間は弁当選びで頭を悩ませ、皆と情報交換し、たちまち時間が過ぎる。

仕事こなしたのか、手つかずなのかよく分からない滞空時間をやり過ごし、4:40になると内線電話を通話中とするよう教えられた。
終業間際にややこしい電話に出くわすと5:00きっかりに帰れなくなってしまうからだ。

笑える話である。
羨ましいとは思わない。
負け惜しみではなく、そんな手応えのない一日は耐え難いに違いない。

つづく