KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

慌ただしい一週間3


正宗屋の隣席は、橋下談義で盛り上がっている。
ちらちら視線を感じる。
私も話に混ぜようという善意の気遣いを感じるが、放っておいて欲しい。

仕事で話し疲れた。
ハイテンションで更に話したいようなときもあるけれど、たいていはもう黙っていたい。
特に正宗屋では、刺身とラガービールに真剣に向き合っている。

テレビのコメンテーターが喋る内容をそのままなぞったような意見なのだろう。
曰く、外国や女性を敵に回した、日本の立場が悪くなった、外交や歴史に無知なら黙ればいい。
けちょんけちょんだ。

早稲田的なおっちょこちょいさ加減を随所に見せる危なっかしさも実際あるのだろうし、頭に血が上って口ぶりが下品辛辣で押せ押せになる下町の兄ちゃん風の行儀の悪さも欠点だろうが、そんなものは改善の余地ある話である。

目を覆いたくなる欠点があってそれは確かに負の側面ではあるけれど、彼には、強烈な正の部分もあるのではないか。
今の日本において、あの若さで金もうけではなく、青臭いと皮肉られながらも世の矛盾に真っ向取り組む人物は希有である。
反社会勢力の迫力にも押し込まれず小役人がする官僚的話法にも取り込まれず撥ね除けるパワーは並大抵ではない。
弁解のための詭弁の上塗りは困ったことだが、国益にかなう働きが十分に期待できる逸材であることは間違いない。

自衛隊の海外派遣などこれまで何もかもうやむやに口をつぐんで目をつむって流されるままであったかのような日本の態度にやっとはじめて筋通す発言できる気概持つ政治家が現れたのではないだろうか。

韓国映画シルミド」の中に強烈なシーンがあった。
特殊訓練を受ける部隊の兵士二人が宿舎を抜け出す。
向かったのは民家であり、そこで二人は女性を強姦する。

韓国映画独特のリアリズムで描かれるこのシーンは正視に堪えない。
愛情も何もないムキ出しの凶暴が目を血走らせむさぼるようにがっつく。

兵役のある国だからなのであろうか、腹の座ったリアルの描き様である。
そしてこのシーンは何の誇張もなく軍隊の極限が達する真実の一面を物語っていると思うのだ。
そこは、そこらのタチの悪い体育会の数千倍の凝縮度で暴力や性についての原始的回帰が発生する毛むくじゃらの場であるに違いない。

そのような実相から目を逸らさず本質的な発言を果たし得る政治家は橋下徹だけなのではないか。
口ごもって言葉を濁すことが良識、誰かのお気に召すようシナをつくって曖昧な表現することが政治家の範といった、卑屈を尊しとするような倒錯はいつか断たねばならないものだろう。

それにしても普段から鬱憤でも溜まっているのだろうか、ちょっと相手がよろめいた瞬間を見逃さず、かさにかかってボコボコにしようとするマスメディアや世論の極端さは恐ろしい。

よってたかって潰すには勿体ない。
彼の力を日本はまだまだ必要とするに違いない。
午前中は弁当の注文に頭を悩まし、4:40になれば内線を話中設定するような小さな人々が、いずれ頼みとする自らの懐刀を暇つぶしがてら破損している風にしか見えない。


あまりおいしくなかった小料理屋を出て、続いてラウンジに案内された。
女性のいる店は久しぶりである。

腰かけるが、落ち着かない。
なにせ話が盛り上がらない。
知らず知らずこの日記に書くようなしょうもない話をしてしまっているからだろうか。

沈滞ムードを打ち破ろうとしたのかお姉さんが気を利かせて下ネタを始めた。
最近、陰部に二本毛が生えた、と彼女は話し始めた。
もしかしたらそれをイメージし何とも悩ましいような何とも切ないような気持ちとなってかき立てられる男性諸兄もお見えなのかもしれない。
その二本にどのようにして気付いたのか、その二本の位置関係は、と私は前に乗り出して話を継ぐべきであったのだろうか。
しかし、私の頭に浮かんだのは、銭湯の床に落ちる数々の縮れ毛のイメージであった。
ますます盛り上がらない。

そこに座っていることが苦痛であった。
時計が11:00となったとき、最終電車を理由に席を立った。
解放感にひたりつつ繁華街を後にする。

ラウンジのおみやげで貰ったいなり寿司が小ぶりな作りで珍しく味も良かった。
これが家族に好評だったので決して無為な時間を過ごしたのではないと自らに言い含めるのであった。

10
「キャリアポルノは人生の無駄」を読む。
ブログを読んで筆者の切れ味鋭い辛口が印象に残っていた。
口にするのも躊躇われる難度高い言葉の数々がブログにはちりばめられているが、不思議なほどに奇異さは感じられず、何ともこなれた表現としてすいすい入ってくる。

抜群の制球力で打者の内角を抉る往年の東尾の投球に例えられるだろうか。
打者の膝元をスレスレかすめるシュートやスライダーにヒヤリとするけれど200勝するような正統派に違いない。

実際に書籍となった「キャリアポルノは人生の無駄」を読んで納得がいった。
なるほど、野卑な言葉遣いは見かけだけのこと、背景に、深く錬磨された考察と知性、誠実な価値観があることがとてもよく理解できた。

姜先生にも一読を勧めておいた。
精神科医として姜が説く日頃の話から類推して彼も共鳴するに違いない。

本棚に置いておく。
エッチな本ではない。
君たちが知っておくべき大事な事が書いてある。

つづく