KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

子の命名


土曜日、送付書類など簡単な用事を片づけ、さて掃除にかかろうとするが力が入らない。

少し横になるにしても事務所は休憩仕様にはできていない。
日中、家に帰っても仕方ない。

アマ湯のことを思い出す。
風呂に入ってリクライニングで心ゆくまで眠ることができた。
疲労困憊しているときには怪力魔王ともいうべきおばちゃん按摩軍団が控えていていつでもカラダをほぐしてくれた。

少し思い巡らせるがいまそのような場所が思いつかない。
しんどいが横になれない。

仕方ないので日記でも書きつつ脳ミソの活性を待つことにする。


昨日、テレビばかり見る友人の奥方のことを書いた。

「啓発」的な観念がその奥方に全く欠如していることが、二人の関係をますます荒漠とさせているのかもしれないと考えてみる。
子供でも授かればとてもぼんやり過ごすことなどできず、子のためにあれやこれやするであろうから活気づく。
しかし、子宝がやってくる気配はない。

何か取り組んでくれれば二人の関係も活性化するのかもしれない。
しかし相変わらず奥方はテレビばっかり見て過ごし、脳ミソは停滞の度合いを強固にしてゆく。
テレビは、内在するはずの啓発の芽を摘む弊害をもっているのかもしれない。

二人の会話はますます噛み合わない。


昨夜昔の流行歌を聴きつつ一人で過去を懐かしんでいた。
子のつく名前の女の子は頭がいい、という本について子のつく名前の女の子に語ったことを思い出した。

著者は東北地方の予備校の先生であったが、80年代以降ある変化に気付いた。
一風変わった名の子供が増え、そして顕著に学業が奮わない。

それで仮説を立て実際にデータをあたって検証した。
子の名付けは、家庭の実相の一面を表している。
保守的な家庭とそうでない家庭によって名付けの傾向は異なるはずで、それが名だけでなく学業などに相関があるのではないか。

しかし保守的な傾向の判別は容易ではない。
そこで著者は女子の名前の「子」に着目する。
これであれば、保守的の名前の代表格として比較対照のカテゴリーとして括ることができるだろう。
そして子がつく子とそうでない子を一つの切り口として比べて、何がどう異なり有意な差があるのか調べたのだ。

結果、子のつく名の女子はそうでない女子と比較して、総じて偏差値が高く、虫歯が少なく、摂食障害の発現率が低いことが分かった。

テレビ漫画世代の申し子らが親となり、その感性のまま子に名を付ける。
テレビや漫画漬けでない家庭が保守的な名付けをする一方、テレビ漫画世代の両親によって革新的で奇異な名付けが激増してゆく。
偏差値や虫歯の差などは家庭の見識や知的レベルといった背景である程度説明できるのではないか、と著者は結論づける。


著者の着眼の凄さに舌を巻いた。
最近話題のキラキラネームについて耳にする度、この本のことを思い出す。

ちなみに我が家の名付けは保守的なものである。
昔から存在する名であるから幼年から老年までどの年代であっても違和感がない、3音以上あるので男子として最低限の重みと風格はあるし、末尾が濁音なので上滑りにならず強く響きが残る。
そして漢字の国である。
奥深い意味を含み歴史的に受け継がれてきた神聖な漢字を配している。

君たちの誕生以前から意味を持ち、敬意を表されてきたその意味を君たちは名に刻んで引継いでいるのである。