KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

トロピカルなナニワの秋


土曜夕刻、事務所に寄った家内と食事へ向かうが、新しい店を開拓しようにもここはどうかと暖簾くぐったところのことごとくがどこもタバコの煙立ちこめモウモウたる様子で、ほなご機嫌ようとすごすご退散するほかなかった。

吸わない者はタバコに出くわすとその対応にとても苦慮するものなのだ。
異臭がするだけでなく目に沁み服に染み1mmカットの私の頭髪にまで匂いがこびりつく。
しかも副流煙は健康に深刻なダメージを与えると科学的に立証されている。
タバコの煙に景色霞めば霞むほど、そこでご飯食べようという気は萎える。

結局なじみのカウンターで寿司を食べる。


ここらは暗黙の喫煙特区なのだろう。
町行くおじさんおばさんの誰ひとりとして喫煙はばかる様子など微塵もない。

言い換えれば昔ながらの、古き良き下町風情が手付かずで残る町とも言える。
ついこの間まで、嫌煙権などといった概念など日本全国どこにも存在しなかった。
そんな新参者には末席すら用意されていない。
タバコごときで不満こぼすなど百年早い。

嫌煙権など知らぬが仏、かつてタバコが大人の象徴であった当時の感覚に戻ってたゆとう紫煙のなかに分け入れば、住めば都、町の古き良き趣きが浮かび上がってくる。
入場にあたっては健康献上するだけでいい。
誰でも簡単に仲間入りできる。


先日、事務所に寄った長男を乗せ、上方温泉一休へ向かった。
iPhoneの地図を見て、長男が言う。
ここ、大阪の端っこやん。

どういうわけか端っこの地に縁ができた。

大阪の西側に並ぶ野田、西九条、弁天町、大正といった地域にはこれまでの人生通じ全く関わりがなかった。
今ではもっと向こう側、咲洲、夢洲、舞洲といった埋立てエリアまで足を伸ばすまでになった。

耐震強度に不安残るかの大阪府庁咲洲庁舎への往路については通行料金100円かかる咲洲トンネルを利用するが、復路は咲洲トンネルではなく通行無料の夢洲トンネルを通り舞洲を経て湾岸線で西宮へ帰るか市内の事務所へ戻る。

舞洲にはかつて大阪がオリンピック開催地に名乗りを上げた当時その目玉として掲げた舞洲スポーツアリーナが残存している。
IOC委員のうち6人もが大阪に票を投じたなんて、誰かに見向きされただけで大健闘、賛嘆に値する。

また、舞洲と言えば、建築の大家フンデルトヴァッサーの手による舞洲焼却場があまりに有名で見学客が引きも切らない。 
大阪湾を挟んで対岸となる神戸からでも卑猥に光るモニュメントの先端を臨むことができる。

異様な出で立ちとも言えるそれら建物群は秘密めいていて謎に満ちている。
ゴミを燃やしているなんて表向きの話に違いなく、実はあれらは遥か宇宙と交流するためのランドマーク、宇宙人と愛を交歓するラブホテル、などなど、あれこれロマンチックな想像巡らせた噂が絶えない。

そういったエリアにおいて関与域が徐々に広がるだけでなく、深まりつつある昨今である。


玉川の交差点を西へ向って右折すると、そこがみなと通りの始点となる。
北側に平行に走る北港通りは大型車の通行が推奨されており、これが43号線だとすれば、みなと通りは阪神間で言うところの2号線のような存在だと言えるかもしれない。

まっすぐ進めば咲洲トンネルにつながり、そこを抜けると、バブル全盛期に構想ぶちあげられた人口アイランド、いまでは人影もまばら、大型トレーラーなどが轟音とともに走り抜けるコスモスクエア地区に出る。 

いつもはクルマで走り抜けるだけのみなと通りであったが、先日はトンネル手前で用事があった。

駅で言えば地下鉄中央線朝潮橋駅、大阪きっての名門商店街とも言える八幡屋商店街間近にフォーユー薬局朝潮橋店が店を構える。

クルマを停め、界隈を歩く。
海が近い。
魚屋並ぶ市場があって、昔風情の店が軒を連ねる。
かつて活況呈した港町の賑わいが目に浮かぶかのようであり、その残り香のようなものをかぐことができる。

お歳を召した方が往来に目立つ。
なにはさておき、地域に根付いた医療が求められる土地柄であると分かる。

フォーユー薬局を訪れると薬剤師さんらと打合せしている相良さんを見かけた。
これなら安心だ。
頼りになるナイスガイが町にやってきたようなものである。
幡屋周辺はこれで何でも万事OKとなることだろう。


どこの町であっても目を凝らせば、立て掛けられた看板や張り紙、店の陳列品や建物の体裁などからその土地の変遷のようなものを読み取ることができるし、祭りの様子や人々の雰囲気、自転車マナーなどから無形に受け継がれる土地の趣きのようなものを肌で感じることができる。

善し悪しは別としても各々特色と役割を有しかつディープな潜在力を秘めていた一定期間があったはずが、どのような次第か行政の呪いか端境期が訪れことごとくガス欠となったかのように順々に均質的に寂れ、とんちんかんな箱物の数々が墓標みたいに昭々その寂れ感を煽る。
大阪はどこもかしこもそのような雰囲気が漂っている。

肌で知る感覚なんて思い込みだ、錯覚だ、と科学的精神に根ざした意見もあるだろうが、人が明確に認知できていない感覚が存在したとしても、片鱗すら捉えられない未知の変数があったとしても何ら不思議ではないだろう。
全知全能ではあるまいし森羅万象全部お見通しだという立場の方がどうかしている。

世の中に、ヘソで茶を沸かす奴がいても、足が地につかない奴がいても、顔から火で出る奴がいても、目から鼻へ抜ける奴がいても、大目玉を食う奴がいても何も不思議ではない。
それがどうした、といった程度のことである。


仕事柄、大阪のいろいろな地域を歩いてきた。
町の様相は各地様々であるが、時間の進み方に違いがあるだけであって、順番整え組み合わせれば時系列できれいに並ぶような気がする。

活気を失った都会の町の行く末が暗示的段階的にいたるところで垣間見える。

かつては大阪も都市の役割を果たし地方の余剰人口を吸収し勢いを保ってきた。
いまや見るかげなく余力なく、ゆるやか下降の一途をたどって行くかのようだ。

老朽化した建物がそのまま放置され、どこも老人ばかりであり、21世紀の都会という語でイメージされるビジュアルからはほど遠い。

都会と田舎という対比で語られる際かならず優位を占めた都会の意味が今後変質していくのではないだろうか。
豊かな自然に溢れ人の顔がある田舎の方が人が住むのに相応しいといった反転する風潮が大阪においてはますます顕著となるに違いない。

諸地域を束ねてくっつけ大阪都としたところで衰微する流れが止まるのかどうか分からないけれど、不穏な流れ断ち切るにはこれはもう何でもいいから手を打たなければならない、という段階に至っていると各地歩いて日増しに感じる。

思い切って外部の力に委ね、かつての香港みたいに100年期限で大阪市をまるごとどこか見込みある外国に割譲するくらいのことをしないと抜本的な再生は果たせないのではないだろうか。

どこに委ねるかは選挙で「民意」とやらを問えばいい。

もしくは、いっそ大阪都ではなく、ここらを東京都大阪区にしてしまえば経済も多少は上向くのではないか。
大阪市民にそう問えば、希望の光を感じて一瞬うなずく人波が少なからず見受けられるに違いない。


時折暑さぶり返しつつも、秋が深まって行く。
秋と言えば、東京である。

関東平野に訪れる冷気は凛として、東京の景色を細部まで美しく際立たせ街を歩く興を更に盛り上げる。

地域に密着しすぎてここ最近大阪にこもって上京する機会がない。
東京でのオリンピック開催も決まったことである。
ここはひとつ家族伴い、秋の醍醐味を満喫しにお上りさんにでもなろう。