KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

三連休の光景


秋分の日が間近に迫る某日朝6時前、月は東に日は西にのちょうど真反対の現象が起こり、「中秋の満月」「私の坊主頭」「日の出の太陽」、この3つの真ん丸が東西を一直線に結ぶという天文ショーが密やか発生し、その日以来、連休を事務所で寝泊まりして過ごす。

事務所にこもってどっさり仕事を片づけようとの思いもあったが、何となくリズムとんちんかんなまま二泊目を終えた。
松屋でブランチし、近所の居酒屋で夕飯をとる。
銭湯に入り着替えの不足分はコンビニで調達しシャツをシーツにして仮眠する。

どの道仕事ばかりの人生なら事務所専用ではなくちょっとした居住も兼ねた仕事場を根城とすべきであった。
自らの先見の明のなさを悔やみ、しかし即座、もとはこちら、という平井謙次氏の言葉が浮かび思い直す。
もとはこちら、すべて私の因業だ。

ある日、お寺で平井氏が座禅していた。
鐘が鳴る。
そこへ一人の老師が通りかかり、平井氏に尋ねた。
「今鳴った鐘の音は、どこへ行ったのだろう」
その言葉を残し老師が通り過ぎ、すぐにまた戻って来て今度はこう尋ねた。
「あの鐘の音は、どこから来たのだろう」

平井氏は老師の言葉に導かれ「生じる一切のことは、もとをただせば全て自分自身のなかにその原因がある」という真理に気付かされた。
もとはこちら。
全て自分に端を発することであり、全て自分が撒いた種なのだ。


土曜遅めの午後、普段ならクルマで行く道を歩いてみた。
柏原あたりから飛行場の南側を歩き書類への捺印など頂戴しながら八尾南へと抜けた。
夏を思わせる陽射しのなか、誰も歩かぬ車道を露だくで歩く。

その昔、一日一件程度の仕事で生活はまかなえ、その一件さえ終われば後は自由だった。
そのような古き良き仕事のペースであった日々を思い出し、郷愁に耽るのであった。

天王寺で途中下車し、夕刻の阿倍野正宗屋へ向かう。
喉はカラカラ、お腹ぺこぺこであった。
いいだこ、オバケ、ハマチにマグロ、そして瓶ビール。
軽めの夕飯を済ませた。

私が店を出るとき、セレブっぽい母娘が通りかかった。
二人はどんな店だろうと軒先から中の様子をうかがう。
おすすめですよ、という言葉が私の喉元まで出かける。

二人は入店を断念し、前を通り過ぎていってしまった。
お気の毒に。
他の店はどこもおいしくないのに。


事務所で映画「リンカーン」を観る。

本国アメリカではその政治的理念を体現する精神的な支柱とも言うべき偉大な人物である。
しかし毀誉褒貶相半ばするほどに傍流の声も数多い。

赤貧から上り詰めた苦労人であり誠実で働きものであった。
物静かであったが気さくで誰からも好かれた。
人民に対して等身大で振る舞い、しかし揺るぎない政治的手腕を発揮し歴史を変えた。
その奥深い人物をダニエルデイルイスが演じる。

映画では、自由と平等という理想を実現するため大統領が粉骨砕身する様が描かれる。
理念を熱弁する大統領の姿に打たれ、あるいは、知略にはまり反対派が態度を変えてゆく。
憲法第13条の修正案が可決されるのかどうかその議場の場面が最大の見せ場だ。

映画が描く通り人道的な見地からリンカーンが黒人の解放を目指したのか、あるいは、政策上の必要に迫られ、例えば奴隷という財産を没収する事で南部経済を弱体化させ北部に取り込むための一戦略に過ぎなかったのか、はたまた、南部を支援しその綿花によって富を得ていた英国の世論を分断し英国支配を稀釈するためだったのか。

残された発言の記録だけ辿っても真相は汲み難い。
ナイーブに理想論だけ述べる人物に一国のまつりごとを担える訳がなく、周囲を巻き込む上で、反対派に対し詭弁や譲歩的言説を弄しなければならない場面も多々あったに違いない。

ネガティブな詮索によりリンカーンを貶めても切りがなくおまけに収穫も少ない。
果たした功績をこそ素直に評価しそこから学ぶべきを学ぶ事の方が重要であろう。

先に紹介した平井謙次氏はこうも述べている。
「物事に裏表のないものはない。今どれ程の仲良しであってもそれは不仲を裏に隠し持っての仲良しであり、今成功をし続けている人であっても失敗を裏に隠し持っての成功である」


映画のなか、強く印象に残るシーンがあった。

大統領主催のパーティーが始まる前、妻メアリーが夫リンカーンを詰る。

亡くなった次男ウィリーの話を巡って二人は激しい言葉をぶつけ合う。
メアリーはウィリーを失ったことがいまだに受け入れられない。

リンカーンはメアリーを痛罵する。
君を精神病院に入れるべきだった、と。

そして言う。
「我々は重荷を抱えている。誰もが自分の重荷に一人で向き合わなければいけないのだ。その重荷を軽くしていけるか、或いはそれに押し潰されるか、それは君次第なんだ」

次の場面、社交の場で妻メアリーは快活に笑顔で振る舞い、リンカーンは列なす面会者の応対をこなす。
この前後のシーンのコントラストによって、子を失った二人の深い喪失感と、人としての強靭さが際立って胸に迫る。

世には子に不幸があったわけでもないのに、それどころか隣の芝生が青いだけで嘆き節となり足下ぐらつく方々が多くお見えと小耳に挟むが、そのような方にこそ是非とも観てもらいたいシーンである。

私たちは何としても確固としなければならない時があるのである。


リンカーンには希死念慮があったという。
死を希求しつつも「生きている間は義務を果たす」と友人に漏らすことがあった。

偉業を果たし、ある日馬車に揺られながら、リンカーンは妻メアリーに「もう少し幸せになろう。我々二人とも辛い時間が長すぎた」と言葉をかける。
映画の結末を暗示するかのような物悲しいシーンである。

映画ではリンカーンが暗殺される場面の描写はない。
それが伝えられ人々が悲しみに暮れる様子、安からに横たわるリンカーンの姿が映されるだけである。


連休も残すところ後1日となった。
来週火曜に久々河内長野市を訪れる。
長距離運転になるので事務所合宿は明日で終わりにし月曜夜は家でゆっくり眠ることにしたい。

今夜はひとり事務所で半沢直樹最終回を見る。
そして薄暗がりのなか寝ころんで朝を待つ。