KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

知ったことではないと世間は言う1


年若い社長に、早くお茶を入れろよと急かされヘラヘラ愛想振りまきながら洗面所に向かいそこでヤカンに水を入れていると、便所掃除もしとけよと背後からきつくどやされ、下民同然となった自らを哀れむも慰める術なく憮然と立ち尽したまま目が覚めた。

夢ではあったものの、心奥にグッサリ突き刺さった屈辱のヒリヒリ感たるやない。
私の場合はうなぎの寝床の一場の夢でしかなかったけれど、これみよがしな力の行使は日常にありふれた現象であるに違いなく、私ではない誰かが如何ともしがたい無念理不尽に頭押さえつけられている現在進行形の出来事の様子を思い、何とも痛ましい気持ちになるのであった。

まかり間違えばちょっとした経緯の綾で、私だってアメンボだって「ひざまづいてワンワンしろ、このタコっが」と真上から痛罵浴びせられる立場に置かれかねない世知辛い世である。

罵られてそれが直接致命的な外傷となるわけではないだろうが、罵られてそれを苦にし自らを卑下すれば世は暗黒の度を増すばかりであり回り回って命縮める結果となることであろう。
何と下らないことだろう。
罵声で命がすり減るなんてあまりに均整欠く取引きだ。
そして痛罵する側は、相手の命が縮もうが知ったことではない。

危険と隣り合わせでありどうしても体に覚え込まさなければならない職人仕事やある種のスポーツなどであれば痛罵も人材育成の一環となることは分かる。
しかし、全くそのようなことが不要で呑気な領域でさえ愛のムチが拡大解釈され、のべつまくなし、ていのよい鬱憤晴らしみたいに無慈悲極まるやり方で人をコケにする輩が後を立たない。

予防としてそれらろくでなしが発するノイズへの耐性強度の増強を図る必要があるし、心構えとして自らを強めるわけでも何でもない痛罵には決然と背を向ける冷徹な割り切りも必要だろう。
最悪なのはそこで媚びへつらい過剰適応してさらにますます下卑た嘲笑を浴び続けるという急降下螺旋ループに陥ることであろう。
弱々しく物欲しげに助け乞う存在を蹴倒し張り倒しはしても抱き起こしたりなんてしない世間もあると知っておかねばならない。

背を向ける自由さを手に入れるため、はなはだ心もとなくとも、個として生きる覚悟を早くから決めておくことである。


昨日、初秋の明石でタクシーに乗った。
運転手が言う。

消費税が上がるなんてとんでもない話だ、公約違反ではないかとみな口揃えて罵っている。
お役人に市井の民の気持ちなんて分かるわけがない。
大体、お国のトップ自体、生まれるはるか以前からリッチな安倍さんとなれば話の通じようがない。
手取り14万円の暮らし向きなんて分かる訳がない。

そうですね、そうですねと相槌を打ちつつ、安倍さんがリッチだという語に違和感を覚える。
あれはリッチどころの騒ぎではない。
リッチとは、三丁目の山田さんや、駅前の地主の鈴木さんのことを言うのであって、安倍さんともなればリッチという次元の話では収拾がつかない。

そのような話を差し挟もうと迷いつつ腰折るだけなので自重した。
手取り14万円のやり繰りを想像してみる。
これはもう何もかもに苦慮するような汲々に貧する暮らし向きだろう。
節約といったレベルの話を超えて思想や価値観を刷新しなければとてももたない苦境といえる。

政治に解決できるものではなさそうだし、政治にその気もなさそうだ。

一体、消費増税を誰が支持したというのだろうか。
何とか持ち堪えていた善良な人々の忍の一字をあざ笑うかのようにトレッドミルの傾斜が増して限界越えるようなものであり、もう走る気さえ失せるという方々が続出することだろう。

近い将来、心臓破りの増税であったと振り返られるに違いない。
いざとなれば庶民の声など、知ったことではない、お構いなしということだ。

迷走続ける大阪はさらに沈下具合を加速させることだろう。
太陽何やらの党首に橋下市長がこびへつらった瞬間、全大阪人の開いた口が塞がらなくなり、終わりが始まった。
大阪に巣くうおっかなびっくりの不可視の勢力だけが、消費増税難儀やなあと枕高くしてほくそ笑み、白日のもとに晒されかけたどす黒い既得権は再び奥深くに引っ込んだ。

大阪人は次の救世主として、クイズで大活躍のあの高学歴芸人を選ぶのであろう。