KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ものを大切にすることは時間を大切にすることである


不良に絡まれ金を出せと凄まれた場合は分かりやすいがいつだって我々はそのような環境に取り巻かれているということを忘れてはならない。
つまり「金出せ」という巧妙な仕掛けのなかに置かれている、という視点が欠かせない。

消費増税が目前に迫り、増税前に買った方が得だし「賢い」との空気がテレビなどが発信源となり醸成され、善は急げと結局は差し引き使ったお金の方が多かったという皮肉な結果に陥れられる、といったようなことである。

ほれほれのひとさすりふたさすりで物欲開花させるとなかなか後戻りできるものではない。
何を買ったかなど物欲にとってはどうでもいい。
何だか心地よく、しばらく気分がいい、これが本質だ。

が、効果は長続きせず、やがてとっかえひっかえ頭の中で次なる消費の対象について品定めを繰り返すことになる。
そわそわが止まらない。
自制しようにも心くすぐられれば、「あの感じ」が蘇り、いつまでたってもやめられない止まらない。

物欲が先か消費が先か、このプロセスが自尊心を形成し、いともたやすく幸福感を醸成していく。
エスカレートすれば、そもそも備わっていたはずの身丈の感覚は麻痺し、内実空虚な選民思想を露わ醸すまでの俗物と化していく。
とても変だが、そこが寄って立つ基盤となれば、なかなか気づけず元にも戻れない。

そのようにトップランナーとして経済を牽引して下さる方々に心のなかで手を合わせつつ、私たちは異なる側面を自尊の寄る辺としたいところだ。
侘び寂びという誇るべきほどに洗練された美意識を有する国である。
自らのミッションに正対するならばシンプルな佇まいこそ最適となる。
そのような境地に至れば消費についての安っぽい企みなどいちいちかかずり合うのも面倒なこととなるであろう。


市井の景気は停滞し続け、なおかつ、天候不順やエネルギー枯渇、食料危機に見舞われるといったネガティブな未来像も絵空事では済まされないと各種データが物語る。

ものが溢れ、街は活況を呈し、何でもかんでも右肩上がり、そのような見通しあれば喜色満面「浮かれモード」を標準に我が世の春の謳歌について、人の器は借入の額で決まる、だとか、弾と投資は数撃ちゃ当たる、だとか、趣味に遊びに人の十倍金使うのが男の甲斐性だとか、その心得を説くこともできるだろう。

しかし事態は正反対の様相だ。
となれば、昔ながらの良識を頼みに自らの認知の限界を補っていくほか手立てはない。
陥穽にはまることを防ぐには、まずは常識を身につけることである。

親が身を以って子に教えるべきなのは、まずはこのようなことになるのだろう。
もちろん、身についた上でなら常識を疑うことも自由だが、いきなりの常識はずれは本人が一番困ることになる。

3 
この先もっとも大事な心得となるのは、欲張らず、ものは大切にした方がいい、といったような当たり前の常識であろう。
私達は王朝の子息ではないのだから経済力に限りがある。
それに単なる地上の通行人、欲しいまま消費して、子々孫々に残すべき分まで分捕ることなんて浅ましいにもほどがある。

例えば、クルマ一つとってみても、名前をつけて愛着もってもいいくらいに、我らに密接に関わっている。
ラグビーや塾の送迎でともにあったのは家族だけではなくこのクルマもであった。
いつも大車輪活躍してくれた愛車である。
ポイ、などできるはずがなく、そんな薄情な合理性を寄せ付けてはならない。

着るものや身の回りのものだって、名付けて愛着持ってもいいくらいに親しみや感謝の念を感じる要素があるはずだ。
敷衍させれば食べるものも、ガスも電気もガソリンも、空気や水だって、同じことである。

内面の強欲を具現化し、何もかも先取りで自らの取り分以上のものを手に入れる、そのためならば、人類の末裔がどうであろうと知ったことではない何とか勝手にすればいいではないかといった無責任極まりないその場限りの繁栄謳歌主義といった在り方もたいがいにしなければならない。

人類は無敵だ、無限の成長を進歩を遂げるのだ、と楽観するよりは、緩やかにかあるいは急激にかは定かでないにせよ、刹那な消費志向に骨まで浸かった人類の性癖は変わらざるをえない転換点に行き着いてしまったのだと読み取る方が現実的だろう。

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最近、古本を集め始めた。
大学生以降結構本は買ってきたが、引っ越しなどの度やむなく処分してきた。

子が活字を追う年頃となり、たまに思い出す一節など記された書籍の面影が蘇った際、子らがいつかは読むかしれないと思うとまた手元に置きたくなってくる。
それで、ネットで古書店などを渉猟し見つかれば取り寄せるといったことを繰り返し、失われた書棚の空白を埋めているのである。

ものを大切に、の精神は、時間も大切に、に通じる。

時間を味わう添え物として良書に勝るものはないだろう。

テレビの場合、ほとんどが時間潰しにしかならない。
長逗留すればするほど、頭は薄らぼんやり、エネルギーは漏れ滲み出して阿呆となる。

君たちの時間を彩り君たちの内面を育むことになるであろう良書の数々を、庭園の保守管理人が苗木を植えるみたいに1冊1冊本棚に収納していっているのである。


一冊の良書にじっくり向かい合うように、人であれ物であれ何か他の活動や事柄であれ、これはというものと長く腰据えて大切に付き合っていく。
濃厚な何かが熟成され続けていく。
これ以上に贅沢な味わいはないだろう。