KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

関西中学入試最難関7校を巡る考察


関西の男子中学入試においては7つの学校が最難関校として掲げられる。
灘、甲陽、星光、西大和、東大寺、洛南、洛星。

何の世界であれ業界であれ、一つのカテゴリーに同居するブランドや競合組織は片手五指、つまり5つまでだと言われるが、京阪神という交通圏に奈良が加わる広域であること、また、依然冷めやらぬ受験熱を考慮すればそれが7つとなるのも頷ける範囲であろう。

誰がどのような基準でその7つを一括りにしたのかは知らぬが、東京の友人にそれら中学の大括りな共通要素を説明するとすれば、どこも1学年200人程度だが、その半数以上は東大京大医学部入試をクリアするポテンシャルを持ち、早慶に入るくらいは何でもないことであり、実際早慶への推薦枠があってももっと難しい大学に入れるつもりでいるので歯牙にも掛けない(でも先々後悔することもある)と言えばイメージが伝わりやすいだろう。

細かな差異はさておき、大雑把に言って、そのようなレベルの生徒が「層」となって存在している、それが特徴であろう。


それら7校の点在具合も興味深い。

神戸と京都を弦で結び奈良方面へ弓を引くようにしてできる弧のうえ、馬の蹄鉄を象るように釘孔の配置で7つの学校が並ぶ。

弦の西端、神戸あたりから南東へ弧をたどっていく。
弧の中央に位置する最深部、王寺に向かって学校間の距離は漸増していく。
そこで北へ折り返し、弧はもう一方の弦の端、京都へと続く。

弧の両端に近づくほど学校間の距離が狭まるのは、弧の向こう側のエリアをも受け皿とする役割を考えれば理にかなうことであろう。

この並びは見れば見るほど絶妙な配置であり、地理上の均衡が保たれていることが窺える。
弧の中央に位置する西大和の陣取りなど、地理的均衡を熟慮した上での立地なのであろうと穿った見方をしたくなる。

地理的均衡を考慮しない学校設置は、いくら意気込んだところでそれら既存の存在の干渉を受け影薄くかき消されるようなものに違いない。


我々が小学生だった当時に比べ、いま小学生の数は半減し関西二府四県で一学年20万人ほど。
このうち1割にあたる2万人が中学受験する。
男子は半分として1万人。

上記7つの定員が合わせて約1300人。
新幹線一本分の乗車定員である。
1つの学校の定員が車両2つ分ほどといったところだろうか。

関西そこかしこから押し合いへし合いし、たった2両分、全部合わせても新幹線一本分の定員枠なのである。
たったそれだけしか座席が用意されていない。
この椅子取りゲームの熾烈さは尋常ではないと言えるだろう。

関西圏男子100 人のうち中学受験する男子が10人いて、そのうち1人が最難関に入る、と俯瞰して数量だけシンプルに眺めれば、それら中学に入ることの恵まれ具合がよくよく理解できる。

軽々しくは言えないハードルの高さであるが、しかしだからといってそれでその先皆が皆幸福になれるかと言えば知れたことではない。
単にひとつの通過点において恵まれたと言えるだけの話であろう。


それら7つの最難関のうち、灘がずば抜けて際立っている。
首位独走の灘と後塵拝する側の差は決して僅差ではない。
どこが2位かは諸説あろうが、どこがこようが、1位と2位にはランクサイズルールがそのまま当てはまりそうなくらい差が歴然だ。
異論差し挟む余地はない。

子供たちを先導する塾的なロジックに沿えば、まず灘ありき。
まずは灘を掲げ、ひとまず、子らも灘と呼応する。
そのようにして、塾における選別システムが子らを巻き込んで稼働し始める。

もちろん、狭い日本、さらに狭い関西で、そんなみみっちい尺度振りまわすことの空虚を知る人も少なくない。
そのような塾的ロジックからは数歩保って距離置く親子はそれら掛け声を聞き流し独自の眼差しで進むのではあるが、そうであっても、そのような合唱の内側にあることは避けられない。

いずれによせ、灘はちょっと賢い程度で入れる学校ではない。
誰かの思い出に鮮烈に残るくらいに早熟な知性でなければ太刀打ちできない。

やがてふるいにかけられ、徐々に縮小された掛け声のもと、従容とそれぞれの落ち着き先を見出していく。


ハナから灘など目指さない例外を端折ってこの構造を集約的に表現しようとすれば、関西の中学受験上位層においては、灘が総本山の頂点に立つ本校であり、どのような事情でか灘を回避あるいは運悪く落ちた生徒が、その他6つの分校に散らばっていく、という構図に行き着くのではないだろうか。

それら6つの分校については、うまくしたもので、地理的にも難易度的にも日程的にも、ほどよく分散し、互いに影響し合いながらも一定の均衡が保たれている。

地縁血縁何らかのゆかりを考慮して、あるいはあくまで偏差値に固執して、適当にばらけて、それぞれの所を得るということになる。
入りやすい学校が一番とリスク回避を優先させる場合もあるだろうし、友達に負けじとあくまで競争し抜くという選択もあるだろうし、近さや利便を重視する選択もあるだろうし、身内や知人が行ってその学校が好きだからという選択もある。

子供じみた塾的ロジックに染まったままだと、この期に及んでさえどんぐりのせいくらべをし始めるが、灘的レベルのグラデーションの濃淡の違いがあるだけであり、「層」として俎上にあげ声高云々すべき差異などないようなものであろう。
どこであろうが、まま同じ、どこでだって発芽し開花する時期を迎えることができ、おおよそ同じような帰結をたどる。
取替不可能なほどの決定的差が、かの学校とこの学校で生じる訳ではない。
生じたとしても人生においてはどうってことのない1年程度のライムラグが出るくらいのものだ。

それに皆が皆、灘チームの風下にあり続けるわけでもない。
大躍進遂げる者も続出するのである。

先はまだまだ長く、成長の機会は何度でも訪れる。
主題はもう次へと進んでいる。

充実した6年に向け、その先の大学入試に向け、仲間ともども自分の人生を輝かせるため全力傾けるだけのこと。
調子にのって誰かの顔にドロ塗ったり、卑屈なもの言いなどしている場合ではない。

以前にも書いたが、子を塾にやると必ず序列意識が植え付けられる。
競争のエンジンとしては効果バツグンだが、実人生においては、噴飯誘う与太にしかならない。

人の能力というのは底知れない。
12歳時点の瞬間風速で規定されるようなものではないのである。

たかが受験で頭角現したくらいで他者への畏敬失う罰当たりが後を絶たないようだが、そのような本末転倒には、ちゃんとおあつらえ向きの顛末が待ち構えている、とは誰もが口を揃えることである。


そして、ここまで考えてくれば前述の言に異なるアングルを付加することが必要だと気付く。
地点によって見え方は異なるし、どこも同じだと言えど違いはあるはずだ。
長くなったこの話の最後にそのような視点も付け加えておかねばならない。

塾的ロジックに従えば、灘が本校で、その他6校が分校みたいな位置づけだと言った。
確かに「入口」は、そのようになるだろう。
十中八九、受験生は塾に行き、塾は経営的必要性からか競争煽る必要性からか灘ブランドを掲げあげる。
わっしょい、わっしょい、と灘への信仰が止むことがない。

しかし、分校から見れば、つまり、その分校に入学した後や卒業した後の「出口」から振り返ってみれば、余程の負けず嫌いであっても敗北感など長続きするものではなく、中学高校の6年間は山あれど谷あれど充実し、それはもはや分校などではなくまさに母校、それ以外に考えられない唯一無二の存在となる。


仲間らと過ごし、静か誇る大切な記憶に満ちた学び舎は、軽々に足蹴にされてはたまったものではなく、是非とも子らにも通って欲しいと思えるような、胸のうち宿る確かな実質となっている。

つまり、圧倒的なまでに灘一辺倒という塾が醸すムード音楽をミュートにし目を転じれば、地域ごとそれはもう魅力的な学校が屹立しているのである。

入口については塾的価値評価によって、灘が際立って突出し後に続く6校についても序列はあってそれが細々云々されるけれど、塾的重力圏を離れた圏外、つまり出口の側からみれば全く趣き異なる各校独自の魅力が浮き彫りとなるに違いないのだ。


最初からそれらが前面に出て、志望校が一極に集中するのではなく多様になる方が、地域全体の活性にとってもプラスに作用することになるのではないだろうか。

一強状態より、例えば七強が拮抗し抜きつ抜かれつしのぎ削るほうが、学力という一側面においてさえ全体的な活気はいや増しとなるに違いない。
灘だってたまには惜敗喫したいと思うこともあるかもしれないではないか。
最高位にあればこそ、その在り方が最適なものなのかどうか、不問にし続けた死角があったのではないかと問い直す機会を欲するものだろう。

知り合いの弁護士に聞いたところ、採用面接の際、それら七校の出身者のうちでも際立って「頼り甲斐」のようなもの漂わせる校風の学校があるという。
一部世界の印象論と言えばそれまでであるが、医師ら友人についても同様に、校風の違いといったものを感じ取り認識しているようだ。
外形的には同じでも、校風というものに浸かって形作られる内実に差異があることは確かなようである。

どこでも、まま同じと言ったけれど、微妙に違う、と言い換えねばならない。

そして思った以上にその「微妙な違い」は甚大なものなのかもしれない。
であれば、どのような学校なのかといった視点はないがしろにできるものではないということになる。

現状では数値的な序列で並べて終わるという「評価のものさし」が前面に出過ぎて、本当はもっと重要かもしれない他の色彩が見えにくくなっている。
多少なり違った側面に焦点があたって、評価がゆらぎつつ、弁証法的により良い在り方というものが見出されていくのが大局的には好ましいのではないだろうか。

盲点となりがちな側面、非数値的な校風といったものが浮き彫りとなり、そこに着眼する上でもやはり各学校は一度は拮抗し、もしくは何度でも拮抗できる環境にあった方がいいだろう。

こうなれば生徒の偏差値で比べるのではなく、学校の在り方自体を問う次元の話となる。
それは必ず問われるべき話であると思うのだ。

そしてこの考え方を全体に敷衍すれば、いい学校とはどのような学校なのか、こそが問われるべきであり、学校への橋渡し役を担う塾においては、従来の序列を先頭きって再強化していくばかりではない、違ったアプローチ、社会的役割もあるように思えてくるのである。

「最難関」といった言葉の括りだけではなく、「最良校」といった評価軸が見いだされるべきだろう。


いま現在は均衡保たれた最難関7校であっても、この先、小学生の人口減少は深刻だ。
女子の入学を受け入れるなど手を講じないと、それら最難関校の数は7つも不要で、片手五指の原則どおり、5つ程度になっていくのかもしれない。

しかしそのような遠い先のことはその先の話であって、私たちにはもはや関係がない。
母校が健在、最良校でありつづけてくれればと思うだけのことである。


そして余談。

勉強のより一層の効率化のため社会などやめて三科受験でいけばいいという声が周囲で響くが、せっかく受験勉強するのである。
社会も一生懸命やればいい。

この先、社会で生きる上で、社会という科目は思った以上に重要だ。
最も旺盛真剣に勉強に勤しむ時期、社会もこなせば、先々の収穫は大きい。

目先にとらわれず、大人として身に付ける教養の基礎として、社会やらぬ手はないだろう。

そのような考え方もあるのである。


年端もいかない幼子に、近親縁者遠く見渡してさえ縁もゆかりもないのに、灘、灘と連呼し刷り込むような親がいると耳にし、目標掲げる益があるよりはむしろかえって酷なことであろうし、私たち仲間の内ではありえないことであるので、このような話を誰か書いておくべきかと思って時間を割いた。