KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

結婚するまでは惰眠むさぼるサルのようなものであった。


この週末は少しゆっくり目のペースで過ごした。
土曜は書類整理のみ、日曜は閑散としたオフィス街まで書類の届け物をした程度。
極小の用事をこなしただけの週末となった。

たまにはだらだらのんびり過ごす日中も悪くない。
激務続けば弛緩することも仕事のうちだ。

まれにのんびり過ごすにせよ、土日も業務の勘定に入れて過ごすようになったのは、いつ頃のことだっただろうか。


独身の当時、土日だけが甘美な時間であった。
心身解放されるストレスフリーな時間を愛おしむようにして撫で回し、しかし何をするでもなく時は過ぎ去り、気が付けば月曜が目の前に到来している。

その頃はちょうど勤め人ライフ真っ只中であった。
そのような者にとって土日は束の間の「出所」の時間、とでもいうべきものであったのだろう。

与えられた自由時間は瞬く間に過ぎ去り、歯を食いしばって未練を断ち切り再び拘束の場へと戻って行く。
そのような繰り返しであった。


そうこうしているうちに縁があって三十歳を目前に結婚した。

結婚し生活というものに直面して身に沁みて分かったことが2つあった。
このまま受け身に甘んじれば暮らし向きは生涯に渡って常にカツカツを余儀なくされ、その一方で時間は為されるがまま好き放題に奪われ続け、思い通りにいかないにもほどあるほどの不自由に唯々諾々組伏せられることになる。
誰が悪いといった話ではなく、現に身をおく社会の根本的な構造なのであるから立場を変えない限りこのままだ。

そしてもう一つ。
独身でぶらぶら無聊かこつ時間など無に等しい、ということであった。
孤独者の意志のベクトルは、まっすぐ前には向き難い。
しょうもないことしか頭に浮かばず、手詰まりのまま時間だけが過ぎ、「このまま」という現状の拘束具合が強まっていく。


この7月で45歳になり、結婚15周年を迎える。
子らは年の瀬にかけ14歳となり12歳となる。

結婚生活は生きてきた年月の3分の1にあたるが、中身の詰まり具合で言えば、私自身の実質の99%はこの15年に凝縮されていると言える。
地球が誕生してからの46億年を1年にたとえる地球カレンダーで見ると、ヒトの登場は12月31日午後11時37分頃だという。
私にとって結婚前の30年はヒトが登場する以前、歴史が始まる前の薄明の時代のようなものである。
ことが始まったのは、結婚してからであった。


樹上生活に適応できなくなった我々の祖先は地上に降り立った。
何らかの栄養不足があったのだろうか、子が早産となり、母は子を抱え、父は広範な世界を駆けまわり食糧を持って帰らねばならない。

前足が手としての精緻な機能を獲得していくことになる。

未熟なまま生まれた子の脳はまだ完成していない。
しかし、未完成だからこそ、未知の外界に対しより柔軟に適応できる脳の構造を獲得することができるようになった。

この構図そのものが、ヒトの本質を鮮明に物語っている。

庇護すべき子があって、それを育てる母があり、決死の覚悟で外界と対峙する父がいる。
ヒトの歴史はそのように始まった。

子らは、親から情報を受け取り、親以上に知能を練磨、高度化していく。
もとは未熟であっても外界に晒されつつ脳を最適化していくプロセスの方が、胎内にあるよりはるかに実用に適う。

遺伝子レベルを超えた情報伝達が、家族という構成単位のもと親から子へとなされるようになった。
教育はサバイバルのための必須の営みであるということが、原初の姿から鮮やかに浮かび上がってくる。

生まれ落ちたときからヒトは、脳を完成させるための余白を与えられている。
常なる未完成のまま、学び続け、その完成を目指す。
ヒトが有する飽くなき志向性は、宿命づけられた未熟さに端を発するもののようである。


私にとって家族を持ったことは人類の始まりを追体験するようなものであった。

手に職をつけ食い扶持を得て子らを育て守る。
子らの脳を活性化するため様々なアクティビティに放り込み、勉強もさせる。
それに加え、このような日記などであれやこれやをそのうち役立つかもしれないと情報として残していく。

ヒトがする営為の当たり前を、やっと30歳になってなぞり始めたと言える。
どれもこれもヒトがサバイバルするのための営為なのであるから、必死のパッチを余儀なくされるのは当たり前のことだろう。

色々と大変なことも多いけれど、気楽にさすらうサルより人間なのだからヒトであるほうが満足感は高い。

土日もへったくれもなくなったけれど、そもそも土日への羨望自体が薄れてしまった。
惰眠むぼるサル同然であったかつての私にとって土日は憧憬の的であり、その名残のような感覚は今も微か留まっているけれど、今はどの曜日も等価に近い。
毎日が日曜という訳でもなく、毎日が月曜ということもなく、曜日についてはフレキシブルな感覚と言えるかもしれない。

原初のヒトにおいても曜日など関係なかったはずだ。
日曜が休みといった観念の浸透は、おそらくは何らかの支配構造の歴史と軌を一にすることのように思える。


耳ふさぎたくなるようなハイティーンミュージックばかりかかる大福湯のサウナであったが、せめて懐メロにしてもらえないかと頼んだ風呂あがり、爽快な気分で中央卸売市場沿いの道をクルマで走る。

一組のカップルに目が留まった。
一緒にいることが幸福でたまらない、といった風に男子も女子も揃ってとても自然な笑顔を浮かべ歩いている。

そうそう、こんな感じが一番いい。
数多苦難が訪れようと、ヒトはそれをくぐり抜け、またその笑顔に戻っていく。
自分自身は笑い損ねても、子らが笑顔になるのであれば、同じこと。
そういったことが今は深く理解できる。