KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

平成26年終戦記念の日前夜


8月15日午前4:20、事務所に向かいがてら地元の熊野神社に立ち寄り、仕事場近くの恵美須神社に着いたのはちょうど午前5:00。
家族の無事に感謝し世界が平和でありますようにと手を合わせた。

今朝の読売新聞に息子を戦死でなくした元慶応塾長小泉信三の話が載っていた。
靖国神社に祀られることになったと息子戦死の報を受け、後の日記に小泉信三は「寂寥堪え難し」と綴った。

この言葉に込められた無念たるや想像を絶するものがある。

その後、小泉信三は息子を追悼する手記をしたため、その書は彼の没後ベストセラーになったという。

出征する息子に対し父が送った手紙の一文がとても大切なものに思えて、いつか子らに見せようと私は紙面を切り抜いた。

「君の出征に臨んで言って置く。吾々両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしている。僕は若し生まれ替って妻を択べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶということが出来るものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ」


終戦記念日に差し掛かり戦争の悲惨について様々な体験談が新聞に取り上げられている。

玉砕の島と言われたテニアン島で敗走する日本兵8人が集団自決した話が毎日新聞に載っていた。
8人は輪になって真ん中に爆薬を仕掛けた。
遺体は散乱した。

遺体の散乱についてまで触れられれば、見事な最期を飾った英霊を尊ぶような気持ちを通り越して、そこまで追い詰められそのような無惨な最期を遂げざるを得なかった境遇が不憫に思えて仕方なく気の毒で気の毒でやりきれない思いとなる。

ことここに至れば美談や大義など入り込む余地はない。
ただただ悲惨で残酷な滅茶苦茶があるだけだ。


ラグビー合宿で長男は不在であったが、昨晩家族で食事した。
食事中に二男が言った。
パパ、花火しよ。

その時点で私の瞳には数発の打ち上げ花火があがった。
誘われたのが嬉しい、久々に二男と遊べる。

嬉々としてコンビニまでライター買いに走ってバケツに水を入れてスタンバイOK。
二男がどっさり花火抱えて現れた。

いつの日かとの思いで、受験勉強の合間合間二男が買い集めた花火は多種に及ぶ。

片っ端から点火していく。
大半がまるで子供だまし、尻すぼみな微光あげるだけのなか、びっくり仰天、夜空くっきり照らすほどの賑やかな花火も混じる。

二男は大喜びである。
次はこれ、その次はこれ、とありったけの花火を次から次へと差し出してくる。

公園はちょっとした素人花火大会の様相を呈してきた。

と、赤色灯をくるくる光らせながら、パトカーがやってきた。
婦人警官が私たちを手で制するような仕草しながら駆け寄ってくる。

公園での花火はやめてください苦情が来てます、お願いします止めてくださいと懇願口調で頼まれる。

少し物足りない気もしないでもないが、これで十分だろう。
花火のラストはパトカーの赤色灯。
奇想天外で実に面白い。
平成26年夏、私と二男の二人を結ぶ良き思い出の夜となった。